妖怪「おとろし」とも遭遇 故・水木しげるさん生誕100年 多感な時期過ごした丹波篠山

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水木さんが妖怪「おとろし」に出会ったとされる盃山の山中=兵庫県丹波篠山市東浜谷で

3月8日は2015年に93歳で亡くなった漫画家・水木しげるさんの生誕100年。「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」など、数多くの名作を世に送り出した巨匠が、若かりし頃の一時期、兵庫県中部の地方都市・丹波篠山市で暮らしていたことは地元でもあまり知られていない。野原で遊び、虫や動物たちだけでなく、妖怪らしきものにまで出会ったという縁深い場所。丹波篠山は、水木さんをはぐくんだ「原点」の一つともいえるかもしれない。

鳥取県境港市出身の水木さん。16歳の時、父が生命保険会社の篠山支店長となったことをきっかけに移り住み、約2年間、丹波篠山で生活しながら、大阪の「精華美術学院」に通っていたことが、自伝小説「ほんまにオレはアホやろか」(新潮文庫)や「私はゲゲゲ」(角川文庫)に記されている。

「ほんまに―」の中で水木さんは、当時の丹波篠山のことを、「なにしろ、(同市伝統の民謡)デカンショ節に、丹波篠山の山奥と歌われたぐらいで、デカンショ節の時代よりは開けているといっても、山奥にはかわりない」と表現。学校へ通うには、当時の国鉄篠山駅と篠山城下町を結んでいた「篠山軽便鉄道」に乗るため、「日本にこんな鉄道がよくあったものだと思われるぐらい、小さな汽車に乗って二、三十分も行くと乗り換え駅に着く。それから、また大阪まで乗るのだからたいへんなのだ」と描いている。

篠山城下町の一角。水木さんも歩いたかもしれない

また学校に行かず、「自習」と称して山に入り、植物や虫をスケッチしたり、「どうしたわけか蛇が多い」「林の中で猪に出会った」などという記述もある。

注目すべき点は、「神社の裏山に得体のしれないモノが群れをなしている気配感じた」「木陰で小人の群れに出会った」などというエピソードもあり、「水木しげるの憑物百怪」(小学館文庫)では、妖怪「おとろし」(不心得者やいたずらをする者を見つけると突然上から落ちてきて驚かす妖怪)に出会ったとの記述もある。「場所は兵庫県篠山の山中の祠だった」としていることから、丹波篠山でも妖怪とのつながりがあったとみられる。この山は、同市岡野地区にある「盃山」と推定されている。

また、丹波篠山で描いた昆虫たちは、「天昆童画集」と題した画集にしているほか、篠山川らしき川を描いた風景画も残っている。

そこで気になるのが丹波篠山のどこで生活していたかだが、父親の勤務先が生命保険会社であったことや、軽便鉄道に乗っていたことから、現在の城下町地区のどこかである可能性は高いが、詳しい住所についてはわかっていない。

鉄道乗車駅も書かれていないが、軽便鉄道の時刻表によれば、篠山町駅―篠山間は約12分で運行しており、水木さんの感覚「二、三十分」と照らし合わせると、少なくとも始発の篠山町駅か、「(ベンチで寝ていて)汽車は誰もいないと思って通過してしまった」という記述から、一つ先の魚の棚駅から乗車した可能性もある。

水木さんと親交があった関係者によると、生前の水木さんに直接、丹波篠山の住所を尋ねたが、本人ですら「住所までは覚えておられなかった」とのこと。「年齢のこともあるだろうが、篠山で暮らした後に戦地に行っている。その時の記憶が強烈すぎて覚えていなかったのではないか」と推測する。

一方、天昆童画集を残していることなどから、「丹波篠山で生活を送ったのは多感な時期。水木さんの虫の原点は丹波篠山にあると思う」と言う。

鬼太郎のテーマ曲「ゲゲゲの鬼太郎」のカップリング曲「カランコロン」には、「ゲゲゲの鬼太郎 たたえる虫たち」という一節があり、この虫たちが丹波篠山の虫のことを指しているとすればおもしろい。

水木さんが過ごしたと考えられる城下町には見越し入道などが登場する「怪談七不思議」が、また、周辺の農村部にも姥捨て山などさまざまな伝承が伝わる同市。水木さんに何か少しでも影響を与えていると思うと、地元住民としては誇らしくもある。

鬼籍に入られた水木さん。あちらでおとろしたちと再会されているだろうか。

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