兵庫県の内陸部、丹波地域の集落にいにしえから伝わる伝統。時代は移り、地域を取り巻く状況は変わっても、何代にもわたって受け継がれてきた「財産」は途絶えさせない―。それぞれの方法で、次の世代へバトンタッチを試みる人々の営みを紹介する。
3年ぶりに鉾山や行列 保存会が課題解決へ
丹波篠山市三大秋祭りの一つで、最大級の祭りでもある篠山春日神社の秋季例祭(毎年10月の第3週末)。京都・祇園祭の影響を色濃く感じさせる鉾山や、勇壮な太鼓みこしの巡行など、幾世代にもわたって受け継がれてきた城下町の秋の風物詩だ。コロナ禍が始まって以降、神事のみとなっていたが、昨年、3年ぶりに鉾山や神輿行列などが復活。太鼓みこしの巡行を行わないなど、完全な形にはできなかったものの、少しずつかつての祭りを取り戻しつつ、従来の課題も解決しようと住民らが取り組みを進めている。
同神社は平安時代に篠山城跡の位置に勧請したと伝えられ、江戸時代初期の慶長14年(1609)に現在の場所に移された。鉾山の巡行は寛文3年(1663)に始まったとされる。
コロナ前から課題があった。鉾山を持つ10町が1年交代で祭りを取り仕切る「大年番町」を務めているが、各町の取りまとめや会計管理などの負担が大きいこと、次に大年番が回ってくるまでの期間が長いため、ノウハウの継承も難しいことだ。
そこで、大年番町の負担を軽減しながら、祭りを今後も継承し、さらに発展させていくため、2021年、地元の黒岡地区と城下町16町の氏子らが「秋祭保存会」を結成。昨年初めて、大年番町と保存会が協力して祭りを運営する形を取った。
保存会は大年番町が担ってきた道路許可申請や会計など、祭りの準備を担当。さらに企業や商店から協賛を募って新たな祭りのマップを作成するなど、魅力の発信にも力を注いだ。また、篠笛用のマスクや消毒液などを各町に配布するなど、感染防止対策も行った。
同会の藤本善一会長(73)は、「コロナ禍の中で不安もあったが、『祭りをやってくれてありがとう』という声も頂いた。やっぱり祭りには力があると感じました」と振り返る。
一方、中止が続いたことで、子どもたちが伝統に触れる貴重な機会が奪われたことには悔しさがにじむ。「鉾山なら小学校低学年で鐘をたたき、高学年になると笛を吹く。太鼓みこしの乗り子は主に低学年。数年飛んだことで、経験できないまま大きくなった子どもたちもいる。残念なこと」
ただ、本来の形に近い祭りを営むことができた。秋の味覚を求めて多くの観光客が訪れていたこともあり、丹波篠山が誇る市無形民俗文化財を広くPRすることにもつながった。
「県の文化財指定も目指したい」と意気込む藤本会長。「少子化で乗り子が不足するなど、各町とも悩みを抱えている。保存会として、祭り全体の課題解決にも取り組んでいけたら」と前を向いている。
若手につなぐ男結び 「一番かっこいいみこしに」
勇壮な6社のみこしが丹波市市島町中竹田の一宮神社に参集する、市島地域の秋を彩る「丹波竹田祭」。担ぎ手が土煙をあげながら、みこしを揺らす「練り込み」は祭りのハイライトだが、この揺れにも耐えられるようにみこしを組むことは、見映えだけでなく安全面からも氏子にとって使命といえる。6社の一つ、上加茂神社(同町上竹田)では、みこしと担い棒を固定する縄の結び方「男結び」を後世に伝えようと、各集落から2人ほどの若手を出してもらい、「技術継承者」の育成を図っている。
「あかん。結び方が汚い。やり直しや」「分からんかったら言うてや」―。祭りの宵宮だった昨年10月8日、同神社の境内に、男結びの「教官」、森本周治さん(74)のげきが飛んだ。新型コロナウイルスの影響で、宮入りこそ中止になったが、地域の人に見てもらうため、みこしを組んだ時のことだ。
5つある集落から2、3人ずつ選ばれた若手が、真剣なまなざしで森本さんの実演を見つめた。中には、スマートフォンで動画撮影する人も。同神社のみこしは、担い棒を合わせて約1・5トンあり、固定が甘いと命に関わる事故につながる。再び森本さんが声を張り上げた。「ええか、よう見といてな。一回覚えたら財産や」
同神社では、4組あるうちの「当番組」がみこしを組む習わしになっている。氏子の世代交代が進みつつある中で、4年に1度回ってくる当番の機会だけでは、若手にとって独特の男結びを習得することは難しかったという。そこに拍車をかけたのが新型コロナの流行。宮入りがない年が続き、「このままでは、みこしを組めなくなる」という危機感があったという。
2年前から、技術継承者の制度を設け、課題への対応を試みている。継承者は当番組とは別に、みこしを組む作業に参加。若い頃からみこしを組み、経験豊富な森本さんを先生に、技術の習得を目指している。
森本さんは「数百年も続いている祭り。簡素化せず、原点のまま後世に受け継ぎたい」と語る。「今のようにさまざまな器具がないのに、昔の人は固く結んでいる。本当にすごい」と舌を巻く。継承者の一人、栗原優介さん(31)は、「森本さんの結び方をスマホで撮った。毎年の祭りの前に見て練習しておきたい」と意気込む。「6社の中で一番かっこいいみこしにしたい。先輩たちが受け継いできた伝統を、次につなげないといけない」と熱く語った。
同神社代表総代の井上清幸さん(71)は、「誰かがやってくれるだろうでは駄目。若い人が自覚を持ち、率先してやってくれているので安心している」と話している。