兵庫県丹波篠山市不来坂(このさか)の大年神社で1月1日、例祭「花振り」が行われた。代表者が代々伝わる謎の言葉を読み上げ、住民たちがサカキをくくった「ハナ」を振りながら「えわあ」と笑い声を上げる。時間にしてわずか約20秒。14人が大笑いで新年を祝った。住民たちは花振りの由来と歴史については「分からん」と口をそろえるが、伝統の奇祭を脈々と引き継いでいる。
午前8時の開始時刻を前に、住民たちがぞろぞろと集まり、たき火を囲み、和やかな雰囲気で新年のあいさつや雑談を交わす。
時間になると、ハナを手に本殿前に集まり、全員でしゃがむ。当番制で回って来る代表者「花親」1人が前に位置取り、「おおとし、こうとし、こうがい良し。三年三月(さんねんみつき)の九重日(くじゅうにち)」と読み上げる。その後、周囲の住民らは「えわあ」と笑いながら、ハナを頭上で激しく振る。さらに花親が「もう一声 お借りもうそう」と言った後、もう一度、「えわあ」と笑ってハナを振り、終了となる。
ハナは、住民が事前に各自で手作り。長さ30センチほどのサカキ5本程度を、水引や輪ゴムなどで縛って束にする。かつては、各自が持ち帰り、豊作や、虫害がないことを祈って田んぼのあぜに供えていたという。現在は、花振り後に行うたき火にくべて燃やしている。
言葉を読み上げる花親は、約15軒の氏子が持ち回りで務める。今年は、吉良和之さん(43)が初めて務め、紙を見ながら読み上げた。「やる前はどうしようかと思っていた。やってみるとすっきりした」と笑った。
住民によると、言葉の意味の理解として大方が共通しているのは、▽おおとし=大年神社▽こうとし=今年▽三年=永遠に▽もう一声お借りもうそう=みんなでもう一度―という部分。
ある住民の解釈では、「こうがい」は「蝗害」と書き、バッタ類の大量発生による災害を指す。「よし」は「止し」で、永遠に害虫が来なくなり、集落の豊作を願う、農業にまつわる祭礼と推測。「えわあ」と笑うことで、ハナに神が宿り、喜ぶ様子を体現している、と考察する。
一方、別の住民の解釈では、「こうがい」は「笄」と書き、髪飾りのかんざしを指す。中国では紀元前1000年から17世紀頃まで、15歳の女性が髪を上げてかんざしを差せば成人として認められる「笄礼」という儀式が行われていたといわれる。
また、「九重日」に当たる9月9日は「重陽の節句」を指す。中国では奇数は「陽」で縁起が良い数と考え、奇数の中で一番大きな「9」が重なる9月9日が最も縁起が良い日とされる。古くから中国で縁起が良いとされる言葉を並べ、新年を祝っていると推測する。
吉良敏幸さん(60)は「89歳になるうちのじいさんが『昔からやっていた』と言っていた」と〝証言〟。酒井源一郎さん(79)は「村の行事としての伝統を絶やしたらいかん。その思いだけ」と話す。吉良勉さん(66)は「守らなければいけない伝統。それぞれの言葉に込められた思いを自分に鑑み、朝日を拝みながら、時を過ごす。不来坂に生まれた人の宿命」と力を込める。
吉良清義さん(77)は「若い頃は意味も分からんし、正月の朝からなんで行かなあかんのやろ、と思っていた」と笑いつつ、「みんなで作り物をこしらえたり、たき火を囲んで話したりするのが楽しみでもある。意味がはっきりとせず、分からないからこそ続いてるのでは」と話す。
民俗芸能学会で評議員を務める久下隆史さん(73)=丹波篠山市=によると、花振り自体は、兵庫県内を中心に近畿北部で分布している行事という。「大抵はハナを稲穂に見立てて、激しく振ることで、稲穂を強くし、今年の豊作を祈るもの」といい、「花振りで笑うのは不来坂だけではないか」とする。「『笑う門には福来る』と言うように、笑いには魔除けの効果があるといわれる。年頭のめでたい行事には違いない」と語った。
同神社氏子総代の森本恵一郎さん(63)は「どの説が正しいのかは分からんけれど、元旦にみんなで集まって顔を合わせ、『楽しいことがありますように』『健康で過ごせるように』と願う。今は、それが一番の目的になっている」と顔をほころばせた。