兵庫県丹波篠山市に関心がある都市部などの市外の人が、まず時間をかけて地元の人たちと人間関係を築くケースが増えている。これまでは「好みの物件ありき」の“引っ越し”だったが、その前段階として週末などに丹波篠山へ通い、趣味や畑仕事を楽しみながら地域の人との距離を縮めている。丹波篠山暮らし案内所によると、そのような、いわゆる「関係人口」を経てから移住を決めるケースが目立つようになったのはここ2―3年と言い、「住むとなれば近所の人や地域とのつながりは避けられない。移住を考える地域でどんな人と出会うかは大きなポイント。移住後もスムーズに地域に溶け込めるのではないか」と期待している。
■もちつもたれつ
西浦康彦さん(52)=大阪府豊中市=は、丹波篠山市西野々にある計約30アールの畑で、2020年から週末を中心に、大阪や神戸に住む仲間5人で黒豆などを栽培している。「1年目は草ぼうぼう、2年目は虫にやられた。3年目の今年は、できたけど粒が小さいかな。『苦労豆』の意味がよく分かる」と笑う。この先、丹波篠山市へ移住するかどうかは決めていないが、「退職後に自分たちが楽しめる基礎をつくっているイメージ」と話す。
職場の後輩の実家が丹波篠山市にあった縁で、風土や特産を気に入り、農業に関心が湧いた。JA丹波ささやま味土里館へ買い物に行った際、販売員の女性と会話する中で「休耕田を使ってみないか。農機具も貸す」という話をたまたまもらった。それをきっかけに、19年、市などが主催する「楽農スクール」を受講、基礎を学んだ。
農地や機械が借りられた上に、近くの畑で耕作する人たちなどが声を掛けてくれるようになった。今では「師匠」「名人」とあがめ、さまざまなアドバイスを受けている。西浦さんは言う。「結局は人との出会い。農地を貸してくれる人との出会いがなかったら今はない。畑で出会う人も皆親切で、『いつやめてもええで』と、変なプレッシャーもない」
通ううちに実感する高齢化。西浦さんらが地元の人の畑の草刈りを手伝うなど、もちつもたれつの関係も自然と生まれている。黒枝豆ビジネスを興し、若い世代を呼び込める仕組みができないかと考えるようにもなった。「ちゃんとしてもらったから、それに応えたい。それが勉強させてもらっている対価」
畑や農機具を貸した畑春美さん(68)の娘、夏絵さん(31)によると、西浦さんらに貸しているのは、亡き祖父が耕していた土地。春美さんの友人にも農業をやってみたいという人がいて、「一緒に」というタイミングだったという。「西浦さんに声を掛けたのは、母の人柄もあるが、地域に耕作放棄地を増やしたくないという思いがあった。農業をやってみたいという人に、できることで協力したいという思いだけ」と淡々と話す。
■情報過多で不安
同案内所は、「関係人口」からスタートするケースが増えている理由に、ネットによる情報過多を挙げる。移住により、理想の暮らしを手に入れた人もあれば、その逆もある。書き込みなどを読んで不安になり、「失敗したくない」という思いが強まっている状況もあるとみている。
このため、農業がしたい人には農家、子育て世帯には同じような世代の人など、移住希望者が考える理想の暮らしに協力してくれる地域の人を紹介するようにしている。「『おためし暮らし住宅』などを利用して半年ほどで決断する人もいれば、西浦さんのように、仕事の都合などで現時点では現実的でないという人もおられるが、いずれにしても『人』が鍵となる。人と人とをつなぎ、関係人口を増やす取り組みを展開していきたい」と話している。