渓谷の清流にすむ淡水魚、アマゴの養殖が、兵庫県丹波市氷上町成松で行われている。成松を流れる加古川は夏場の水温が高く、アマゴはすめない。養魚場はなんと、川から離れた鉄骨造2階建て住宅の1階車庫。地下8メートルからくみ上げた水を使い、合成樹脂製の水槽で飼育している。県内水面漁業センター(同県朝来市)によると、18度以下の冷水温を好むアマゴは、「山の中で、自然の流水で養殖するのが一般的。地下水くみ上げ養殖は県内では聞いたことがない」と言う。川の水を使わない、新方式のアマゴ養魚が丹波市で始まった。併設の直売所で近く販売を始める。
「八千代養魚センター」。丹波市内でタクシー会社、介護用品会社などを手がけた池上淳さん(79)が、「人生最後のビジネス」として新規起業した。
養魚場は以前、観光バスの車庫に使っていた自己所有物件。200―500リットルの水槽8つと、子ども用プールが養魚池代わり。水温12度の地下水をくみ上げ、上部から水槽に注ぐ。エアレーションで空気を送って酸欠を防ぐ。餌は犬猫用の自動給餌器で与え、省力化、無人化をはかっている。これらのシステムは自身で考えた。
現在、アマゴの成魚100匹、稚魚530匹、ニジマスの成魚600匹を飼育中。稚魚、成魚を県内の業者から仕入れ、育てている。養魚場は昨年整備。今春放した魚が順調に育っている。
幼い頃から父に連れられて川釣りに親しみ、長じてからは海釣り。魚が好きで、養魚場経営は20―30年前から温めていた。青垣地域に4カ所あったアマゴ養魚場が1カ所になるなど養魚場が減っており、「やめる所が増えた今がチャンス」と、開業に踏み切った。
屋内での養殖は「鳥に狙われない」と言い、水槽の利用は「サイズごとに魚を分けて放せばよくて、魚の大きさをそろえやすい。すくいやすく、管理がしやすい。極端な話、『今夜のおかずに1尾だけ買いたい』に対応できる」と利点を説く。水槽を増やす規模拡大余地があり、アユ養殖も視野に入れている。
生命線は電気。夏を越した経験がなく、夏場の屋内の暑さが水温をどの程度上昇させるのか、関心を持っている。養殖技術を学び始めて1年ほどで、「分からないことだらけ。生き物相手なので難しいが、やりがいはある」とにっこり。
アマゴ600円、ニジマス700円で販売。袋詰めし、生きたまま持ち帰ることもできる。自宅が紅葉の名所、高山寺のそばにあり、秋は自宅前でアマゴ、ニジマスの塩焼きを販売する青写真を描く。
週3日、人工透析に通う。「養魚で体を動かすのは健康に良い」と言い、「年を取ってから起業をしようという人は少ないけれど、自分は逆。どんどんやりたい。脳も活性化する。池も欲しいし、自分が育てた魚の料理を出す店をやりたいけれど、さあ、どこまでできるかな」と、澄んだ瞳を輝かせた。