静岡県立大学経営情報学部教授の岩崎邦彦さんが登壇した講演会が、兵庫県丹波市で開かれた。岩崎さんは「人を引きつける地域のブランドづくり」と題し、多量で多様な情報があふれる世の中にあって、消費者から選ばれるためのブランド作りやマーケティングに焦点を当てて話した。要旨は次の通り。
「押す力」でなく「引きつける力」
従来のマーケティングは、売り手から買い手への「押す力」を大事にしていた。これからは引く力、引き付ける力が大事。これがマーケティングのキーワードになる。
例えば、人を呼び込むのに「丹波市に来てください」―。これは販売や売り込みの発想。マーケティングの発想は「丹波市に行きたい」―。これは客の言葉。客の心をどう引き付けるかだ。
地域引力を高めることが大事だ。それを高めるキーワードは「ブランド」。ブランド作りを成功するためのステップワンは、ベクトル合わせ。つまり、みんなで同じ方向を向くこと。これが欠かせない条件だ。
ブランドは、単なる名称だが、品質以上の力を持つ。同じ品質のものがあれば、選ばれるのは強いブランドだ。品質を超えた何かが必要であり、それこそがブランドだ。
ブランドの土台は品質。土台は安心安全などだが、これはあって当たり前なので、ブランドにならない。ブランドは「とんがり」だ。小が大を超えるには、とんがりが必要だ。
理想の姿明確化 1本の「軸」作る
「京都」「北海道」「沖縄」と聞くと、どんなイメージが浮かぶだろうか。1000人に聞くと、京都は「寺」「和」「歴史」。北海道は「自然」「おいしい」。沖縄は「青い海」「南国」―だった。多くの人が北海道、京都、沖縄に行きたいのは、その地域のイメージが頭に浮かぶからだ。
ブランド作りに重要なことは、知名度を上げることとも言われる。ただ、知名度とブランドはイコールではない。沖縄、京都、北海道はブランドだ。イメージが浮かばなければ選ばれない。
「そうだ、○○に行こう」というキャッチフレーズは、京都や北海道、沖縄は成り立つ。みんなの頭の中に、その地域のイメージがあるからだ。「丹波に行こう」はどうだろうか。「丹波らしさ」を言語化できるかが大事になってくる。
強いブランドに共通する条件は何だろう。全国の消費者に調査をすると、「明確なイメージ」という答えが多かった。これがブランドの条件。客の頭に良いイメージや、クリアなイメージを作ることだ。
そのためにブランドアイデンティティーを明確化する。ありたい姿、理想の姿を明確にするということ。ブランドアイデンティティーは幹であり、ブランド作りの軸。理想に近づけるのに枝葉を茂らせていくのがブランド作りの発想。多くの地域は、「これもあります、あれもあります」と木をいっぱい植えてしまう。そうではなく、1本の軸を作る。売り手が、「こういう地域(企業)にしたい」ということが明確になっていないといけない。
ブランドアイデンティティーを作るのに、3つのポイントがある。「価値性」(客にとって価値があるかどうか)、「独自性」(他と一緒でない)、「共感性」(共感してくれるかどうか)だ。
北海道でも、富良野は客を引き付ける強いブランドの地域だ。もともと、「北海道のへそ 富良野」で売っていた。でも、へそだから行きたいと思うか。1回は行くかもしれないが、リピートしないだろう。日本のへそは30くらいあるそう。富良野がブランドになったのは、このアイデンティティーを捨てたからだ。客にとって価値があるかどうかが大事だ。
続いて共感性。「青い空の京都に行こう」と「青い空の沖縄に行こう」というメッセージがあるとする。どっちに行きたいと思うだろうか。沖縄が多いだろう。京都だって青空はあるのに。京都を選ばない人が多いのは、共感しないからだ。
独自性の視点。何かで一番になる必要がある。二番手ではブランドにはなりにくい。日本で一番「高い山」「大きい湖」「ジャガイモの生産量が多い所」と問うと、ほぼ答えられるだろう。でも、この問いを「2番目」に変えるとイメージは浮かぶだろうか。
ブランド作りの発想は「脱二番煎じ」。人は、自分が持っている能力と足りない能力のうち、足りない能力の方に目が行き、さらに他人が持っているものに目が行きがち。だから真似をしたり、二番煎じになったりしてしまう。「隣の芝は青く見える」だ。
自分にあって、他にない物に目を付けることが大事。大切なものは足元にある。強いブランドは真似をするのではなく、どうしたら真似をされるかだ。真似されても、真似できないのが強いブランドだ。
「弱み」さえ引きつける力に
どこかで「とがる」ことも大事だ。地域のイメージを調べるのに「偏差値」を出してみた。京都は「歴史・伝統」で偏差値が高い。沖縄は「美しい」、北海道は「自然・おいしい」が高い。つまり、ブランドがとがっている。そして他と重複がない。NGワードは平均、平凡、普通、まあまあ、無難。今は「無難=難あり」の時代だ。
弱みさえも人を引き付ける強みになる。弱みと決めつけると本当に弱くなる。弱みも個性の一部であり、逆転の発想が欠かせない。発想を変えると、知名度が低い観光地は「知る人ぞ知る」「隠れ家の宿」。交通の便が悪い温泉は「秘境の温泉」。古びた町並みは「レトロな町並み」―。弱さをどうしたら強くなるかを考えることが大事だ。
次にイメージの話だが、シンガポールと言えば「マーライオン」。マレーシアでは何か思い浮かぶだろうか。全国1000人に「どちらに行きたいか」と聞くと、多くがシンガポールに行きたいと答えた。マーライオンはシンボルであり、このシンボルを作ることが大事だ。これがあればイメージが浮かぶ。
アメリカ人1000人中、シンガポールと聞いて何を思い浮かべるかと問うと、マーライオンと答えたのは0人だった。シンガポールにとってアメリカは観光のターゲットではないからだ。だからイメージが浮かばない。
キーワードは「おいしい」
来た人に満足を与えたい。「観光地+『○○』=満足」の○○に、客は何を入れるだろうか。圧倒的に「おいしい」だ。食によって地域の引力は高まる。食事がおいしいというのは男女問わず、キーワードだ。
「ならではの食」との出合いがあるかどうかが大事。カツオと聞くと高知を思い浮かべるだろう。でも水揚げ量が多いのは静岡。高知は水揚げ量の3位にも入らないのに、カツオのイメージがあるのは、おいしいカツオ料理に出合えるからだ。ポイントは生産量でなく、おいしい食と出合う場所がどれだけあるかで、地域のブランド作りには欠かせない。つまり「物づくり」ではなく「ことづくり」が大事だ。客の関心は食材や食品でなく、食べることだ。
「おいしいものがたくさんあるのに人が来ない」「観光資源がいろいろあるのに選ばれない」という話を聞く。そうではなく、「おいしいものがたくさんあるから人が来ない」「観光資源がいろいろあるから選ばれない」。「いろいろ」という色はない。総花という花はない。
引き算で地域引力を高めることが大事。これで地域の本質を引き出せる。客は何でもある飲食店に行くより、専門店に行きたい。足し算の発想は引力が薄まる。そこにいる自分がイメージできなければ選ばれない。どこでもある街は行かない。
「観光地+『○○』=不満」の○○を、消費者に埋めてもらった。圧倒的に混雑、人込みだった。客が増えれば増えるほど込み合い、不満が高まる可能性がある。コロナ前までインバウンドを増やしていったが、これは足し算のマーケティングだ。コロナ禍で密を嫌う観光客は増えた。数の減少を数で補うのでなく、発想を変えて数の減少を質の向上に変えることだ。「質の観光」が大事で、量を追わない。
1000円支出する1万人より、1万円を支出する人1000人の方がいい。繰り返し来てもらう、リピート志向が高い人を増やす。できれば長く泊まってもらう、滞在志向が高い人も増やしたい。リピート志向が高い人ほどお金を落としてくれるし、滞在志向が高い人もそういう傾向が見られる。数が増えても、地域にお金が落ちなかったら意味がない。
質の観光は「リピート×滞在×支出」だ。地域に宿泊、食事、土産があれば、地域にお金が落ちる。「Aさんに繰り返し来てもらう」という発想が欠かせない。持続的観光のキーワードは「回す」だ。顧客を回し、地域資源を回す。地域の農産物↓ローカルマーケットで販売↓地元飲食店でおいしいものが食べられる―というものだ。
リピート志向の観光客の特徴はグルメ。食を重視する人ほどリピート志向が高い。質の観光を促進する3つの要素は、「地域ならではの食・グルメ」「(地域の人との)出会い・交流」「リラックス」。もう一度行ってみたいと思う観光地の条件を聞いてみると、圧倒的に多いのは「おいしい」だ。
コロナ前のポジティブワードは、「行列のできる店」「過去最高の人出」「賑わいのある施設」「いつも人がいっぱいのスポット」―。「クライシス」という英語単語を辞書で引くと「危機」だけでなく、「転機」という意味もある。コロナが終わったので、変わることが大事。量のマーケティングには戻らない可能性がある。
観光業だけでは地域引力は高まらない。農業×商業×工業×サービス業などの掛け算で地域の引力は生まれる。地域資源を掛け算することで、地域引力を高める。
行動に結びつけるかが大事で、実行しないと意味がない。「引きつけるは「惹きつける」とも書く。若い心が大事。情熱や前向きなチャレンジ精神が、引力が高い地域を作るためには欠かせないと思う。