兵庫県丹波市春日町大路地区が、移住者を呼び込むことで地域を盛り上げたいと、さまざまな取り組みを行っている。コロナ禍による田舎暮らしの再評価などで、丹波市で昨年度、移住相談窓口を通じた転入者数が過去最多となる一方、「移住者」にスポットを当てて活性化を目指している地域はまだ少ない。先進事例ともいえる大路地区の一般社団法人「みつおおじ」の取り組みと、移住者の声などを取材した。
みつおおじ(田村庄一代表理事)は2019年、大路地区自治協議会と個人の出資で設立された。現在、理事、社員、監事の13人で運営している。自治協議会との大きな違いは、メンバーの任期がないことと、収益事業ができること。農山漁村地域に泊まり、食事や体験を楽しんでもらう農水省の「農泊」推進事業の受け皿として発足した経緯から、「外からの人をどう受け入れるか」が、当初から法人のテーマだった。移住者との交流会や空き家の紹介、情報発信などを行っている。
人が人を呼ぶ流れ
「地縁のない人が移住し始めたのは、20年ほど前からではないか。それまでは、移住者はほぼいなかったと思う」。大路に生まれ育ち、同法人理事を務める山内一晃さん(72)は言う。先に来た移住者の暮らしを見て良さを感じた人が移り住み、「移住者が移住者を呼ぶ」ような流れが生まれている。
2001年に“初期”の移住者として同市春日町大路地区に夫婦で移住した山﨑春人さん(71)。地域のシンボルでもある「三尾山(みつおさん)」の景色が気に入り、山林地だった場所に家を建てた。「最初の10年ほどは『何でこんなとこに来たん』と言われ続けてきたが、『すごくいい所です』と言い続けていると、意外にそうかもと思う人が増えた気がする」と笑う。
みつおおじは先月、校区内の自治会長に初めてアンケートを取り、約20年以内に移住してきた世帯がどれぐらいあるかを調査。実際に住んでいる670世帯のうち、92世帯225人、13・7%が移住者であることが分かった。うち、5年以内の移住者が114人と50・6%を占めており、近年、急激に移住者が増えている。
「子どもの声聞こえるようになった」
最も移住者の割合が高いのが、下三井庄地区。121世帯のうち、移住者が23世帯56人と19%にものぼり、うち5年以内の移住者が30人、高校生以下も9人いる。過疎化の集落にとっては、驚くほど大きな数だ。
「子どもの声が聞こえるようになってうれしい」と畑憲幸自治会長(68)。同地区ではかつてあった商店が全て閉店してしまっていたが、移住者がレストラン2店、シェアハウス、障がい者の事業所などを開業し、にぎわいも生まれた。
「作業負担大きい」「人付き合い新鮮」
しかし中には、同地区に移住したものの、風土が合わずに出て行った人もいる。60歳代の男性で、コミュニティセンターや神社の掃除など、「奉仕作業の負担が大きい」というのが理由だった。「最初に説明はしていたが、『地域との関わりがこんなにあるとは思っていなかった』と数カ月で転居された」と畑自治会長。
大路地区への近年の移住者の中には、子育て世帯も多く、移住者が増えたことで、3年前には減少一方の見込みだった大路小学校の児童数が、今年度は見込みより4人多くなったという。「不動産業者を通じた移住などもあり、みつおおじだけの成果ではないが、若い世帯や子どもが増えたことは、大きな希望になっている」と山内さん。
古民家と出会い住民に
昨年12月、大阪市内から大路地区に移住した高橋悦史さん(42)・綾香さん(35)夫妻。コロナ禍がきっかけで、田舎暮らしを本格的に考えるようになり、他地域での古民家暮らし体験を経て、大路地区の住民となった。
悦史さんは、丹波に興味を持っていたところ、たまたま友人が住んでいたことなどにも縁を感じた。今年4月には、友人らと食べ物と音楽を楽しむイベント「TANNIBAL(タンニバル)」を開催。今はデザインの仕事をしているが、「古民家を生かして、物販や飲食など、この家で何かを生み出せたら」と考えている。
西宮市から7年前に丹波市へ移住し、3年前に大路地区に家を建てた戸田有治さん(37)・晴菜さん(36)夫妻。吹奏楽が共通の趣味で、大路の子育て仲間でカルテットを結成し、地域のイベントで披露もしている。
小学1年生と3歳の娘がおり、「近所のおじいちゃんおばあちゃんが見守ってくれるような環境で、安心」と晴菜さん。「声をかけ合える生き方が好き。田舎ならではの人付き合いの距離感が、都会育ちの自分たちには新鮮で、心地いい」と言い、地域に溶け込んで暮らしている。
「ウエルカムな雰囲気」の地域性
地元の人たちは移住者をどう受け止めているのだろうか。山内さんによると、「『移住者に来てもらっては困る』という声は一人も聞いたことがない」という。「理由ははっきりとは分からないが、昔から山奥の地域で、放っておけば人口は減る一方。来てもらえる人があればありがたいという気持ちがあるのではないか。全体的にウエルカムな雰囲気がある」と話した。
移住者を大路地区に呼び込み、地域を活性化したいと設立された住民組織、一般社団法人みつおおじ。当初からメンバー構成について「移住者と地元の人の割合を半々にする」、「半数は女性にする」との方針を掲げ、“多様な人材”で組織をつくることを目指していた。地域の役員は年配の男性が務めることが多い中、みつおおじの構成方針は“先進的”だ。
みつおおじ自身を多様に
みつおおじ監事の河南正則さん(70)は、「移住者の方は何事にも積極的な人が多いし、いろんなネットワークを持っており、企画の内容が充実してきた」と、メンバー自体を多様にする大切さを感じている。
大路地区への移住者が増えてきたことから、みつおおじは昨年8月に初めての「移住者との交流会」を企画した。継続を望む声を受け、集落を回ってこれまでに5回続いている。移住者や移住を考えている人たちと、地元の人たちとがざっくばらんに話をしたり、移住関連の発信をしたりする場として定着してきている。
交流会は毎回30人ほどに声をかけており、三尾荘で開いた6月の会では、卓上ピザ窯でピザを焼き、ランチを提供。コーヒーはおかわり自由で、テーブルにはスタッフが庭で摘んだ季節の花が飾られ、和やかな雰囲気の中で会話が弾んだ。
移住検討者や地元の人も参加
丹波市市島町にある市立「農(みのり)の学校」の生徒や卒業生も交流会に参加した。現在は市内の農業法人で働いているが、春日で独立就農を考えているという女性(27)は「村の中に一人で飛び込むのはちょっと怖い感じもする。移住者が多い地域だと、アドバイスをもらえたりするので、移住者が多い大路地区はいいなと思っている」。
下三井庄自治会長の畑憲幸さんは、これまでの交流会全てに参加している。「高齢化で田畑の放棄が増えており、農地を継いでくれる若い人に出会えたらという思いからだったが、若い人たちの話を聞く中で、『楽しく農業をする』という視点の大切さに気付かされた」と話す。
またみつおおじは、交流会とは別に、昨年秋から月1回、三尾荘で「ファーマーズマーケット」を開催。合わせて開いているランチが好評で、交流サイト(SNS)などで情報を得た人たちが他地域からも訪れている。ランチの内容は毎回変わり、スパイスカレー、中華料理、赤鬼らーめん、ピザなどを提供してきた。
女性社員3人加入で推進力
こうした企画が軌道に乗り始めたのは、昨年7月、みつおおじに“新社員”3人が加わったことが大きいという。いずれも女性で、小橋裕子さん(57)、小村香織さん(51)、藤本理恵さん(35)だ。
小橋さんは、毎月、大路地区に全戸配布している「大路農泊推進情報」の移住者インタビューを担当。地元の人と移住者とのつながりを深めるのに一役買っており、「自分が楽しいから続けられている」と自然体だ。
小村さんは、ファーマーズマーケットに出店する農家たちの取りまとめ役を引き受けており、「大路地区が衰退すれば、ここで農業を続けられなくなる。活性化は自分のためでもある」と意欲的に話す。
また、藤本さんは、「キャリー焼菓子店」を経営し、交流会でスイーツを提供することも。4歳と0歳の2人の子育て中で、少子化による小学校の統廃合を危惧。「子どもたちが通う小学校がなくなってほしくない。大路は人が優しくて、本当に住みやすい所。若い世代に人に入ってきてもらい、子どもの声がにぎやかに聞こえる大路を目指したい」と話している。
大学生の活動も始まる
住民組織の一般社団法人「みつおおじ」がある春日町大路地区では、 「移住者関連はみつおおじ」と窓口がはっきりしたことで、大学などとの連携も進み始めた。これまでに京都府の福知山公立大学や、龍谷大学の学生たちが訪れて交流。「若い世代に大路の良さを伝える機会」と捉えており、積極的に受け入れている。
今年3月には、農村地域の実態を知りたいと、神戸大学農学部の学生らが初めて同地区を訪れた。農家から悩みを聞いたことがきっかけとなり、地域活性化のための学生団体「ひばり」が立ち上がった。
「地域の課題と向き合いながら活動している人たちに出会ったことで、『自分も何かできれば』と考えるようになった」と、神戸大農学部4年生で同団体メンバーの竹村実夢さん(21)。学部生と院生約10人が、みつおおじと連携を取りながら、農業ボランティアの派遣や移住者支援のサポートを行っていく予定だ。学生たちと交流した地元農家の小村香織さんは「神戸大学との関わりには期待している」と話した。
移住者多い2つの条件
丹波市移住相談窓口「丹波移住テラス」を運営する一般社団法人「Be」代表理事の中川ミミさんによると、移住者が多い地域の条件は2つあるという。1つは、「すぐに売買や賃貸の交渉ができる空き家がある」、そしてもう1つは、「地域に移住者を受け入れる体制がある」。みつおおじの取り組みは、これらの条件に当てはまっている。
空き家は、古民家の情報を集めて所有者と希望者との橋渡し役を担っている。市場に出ていない物件もあり、地元の情報が頼りになる場合があるという。空き家はすぐに住める状態でないことも多いため、今後は工務店による改修も検討している。
またこのほど、中山地区の古民家を「移住体験施設」として貸し出しを始めた。所有者が普段使っていない建物で、1日1組の一棟貸しをしていく計画だ。
空き家活用巡り中止した計画も
ただ、これまでには空き家活用を巡って苦い失敗もあった。雰囲気の良い、ある古民家を農家レストランとして活用したいと考え、市外に住む高齢の所有者と話をしたところ、了承が得られた。具体的な計画が進み、国や県の補助金を工面するところまで話が進んだ段階で、この男性に相続ができていなかったことが判明。込み入った事情があり、結局、この家の活用は諦めることに。山内さんは「空き家だからといって、簡単に売買できないこともある」と教訓を話した。
「Be」は、大路地区内の古民家に事務所を置き、毎週土曜日に移住相談窓口の出張所を開いており、この古民家を改修し、移住体験施設の開設を準備中だ。完成すれば、みつおおじの物件と合わせて、大路地区に2つの体験施設ができることになる。
「Be」や丹波県民局は、みつおおじ設立段階から支援に関わっており、こうした団体や行政機関とのつながりも強みになっている。
ゴールはなく、新しいことを
「大路の課題解決には移住者の力が必要!」。みつおおじが伝えるメッセージは明確だ。地区の高齢化率は42・8%と市内の校区の中でも高く、農地や森林の荒廃や空き家の増加、子どもの減少などは、市内の周辺地域と同じく、住民の不安材料となっている。このような課題を解決する鍵を「移住者」と位置付けている。
6月に開かれた移住者との交流会で、理事の山内一晃さんは「ただ移住者の数を増やすだけでなく、地域と共に力を合わせて盛り上げてくれる人を増やすことが大事」と参加者らに語った。
みつおおじは、大路地区自治協議会のまちづくり委員会が約10年前に掲げた「地域は家族だ!」のコンセプトを引き継ぎ、▽小さなことを楽しく続けよう▽住んでいる私たちが、住んで良かったと思える地域に▽ゴールはない。常に新しいことに挑戦―を付け加えた。家族のような、温かい気持ちを軸にした地道な取り組みが未来につながると信じて、進み続ける。