兵庫県丹波篠山市内の学校給食に、市内のシェフと学校給食センターがコラボしたフランス料理が登場した。子どもたちは珍しい料理を堪能し、「口の中がパリ五輪のように盛り上がった」とユニークな感想もあった。この「フレンチ給食」はどのような思いがあって実現したのか。全国では民間事業者が倒産し、突然、給食が停止するなどの問題が起きているが、関係者を取材すると、「おいしい給食」に懸ける熱い思いを抱いた人たちがいた。
メニューは、▽ポタージュ・ドゥ・ソジャ・ノア(丹波篠山産の黒大豆を使ったポタージュ)▽プーレ・ソテー・ア・ラ・プロヴァンサル~ソーストマト(鶏肉にパン粉とニンニク、パセリを加えたものをのせて焼いたもの)▽ポム・ドゥ・テール・ア・ラ・リヨネーズ(ジャガイモとタマネギの炒めもの)▽クレームキャラメル(豆乳プリン)▽「パン」と「レ」(パンと牛乳)―。
本格的なフランス料理を美しい配膳で楽しんでもらおうと、各クラスに配膳見本シートを配布。いつもの給食にフランスの風が吹いた。
学校給食センターと共に献立を手がけたのは、同市小立でフランス料理店「ボーシュマン」を営むシェフ、堀江宙生さん(56)。子どもたちが食べる様子も見学し、「完璧なフランス料理ではなかったけれど、『おいしかった』と言ってくれたり、おかわりをしてくれたりする子もいて、とてもうれしかった」とほほ笑む。
学校と給食センターを結ぶノートには、「フランス料理を食べる機会がないのでうれしかった」「国境を越えた味に感動した」などと喜ぶ声が上がった。
発案したのは篠山養護学校所属の栄養教諭・藤原直美さん。きっかけは全国学校給食甲子園優勝などを受けて発行したレシピ本「日本一おいしい 丹波篠山の学校給食」を制作する際、他自治体の給食レシピ本を見ていると、地元のシェフがメニューを提供しているという記事を見つけた。
「私たちも一流シェフから料理を教えてもらうことで、職員や調理員も技術の習得になり、さらにやる気が出て、子どもたちにも喜んでもらえるのでは」
協力してもらえるシェフを探し、たどり着いたのが堀江さん。公民館事業で料理教室を開いたり、地元の小学6年生を卒業祝いに店に招いたりしていたことを知り、協力を打診した。
この提案に堀江さんは、「子どもたちに料理に関心を持ってほしいし、思い出にもしてもらえたら」と快諾。箱根の有名店や大阪の一流ホテル、本場フランスでも腕を振るったシェフが、「給食」に関わることになった。
この時、まだ6月。およそ5カ月後のフレンチ給食提供を目指して取り組みがスタートした。
堀江さんはセンターの調理器具を確かめ、実際に給食を食べた上で献立の検討に入った。メイン、汁物、デザート―。「丹波篠山特産のものを使いたい」「デザートを豪華にし過ぎると料理よりデザートに興味がいってしまうのでは?」「アレルギーなどがある子どもたちも同じメニューを出してあげたい」などと、栄養教諭らと意見を出し合った。
さらに給食には1食の価格と栄養価という制限がある。堀江さんは調味料などの分量を細かく確認しながら調理し、栄養教諭は子どもたちの人数分にしたときのレシピや栄養価を計算した。
迎えた当日。堀江さんも東部学校給食センターの調理室に入り、共に調理に臨んだ。小さなフライパンで作る1食分と違い、同時に500人分ほどを作る大鍋での調理。学校に配送するため、制限時間もある。
「シェフ! ここはどうしたらいいですか」「ジャガイモが崩れてきた! どうしょう!」などと声が飛ぶ。急きょ、具材を分けて調理し、後で合わせるなど臨機応変に対応しながら、堀江さんと調理員、栄養教諭らが一丸となって奮闘。完成した献立は配送員によって無事、各校に届けられた。
栄養教諭の藤原さんは、「調理員さんにはものすごく大変な思いをさせてしまったと思うけれど、『なんか楽しくなってきた』という人もいて、みんなで達成感が得られた」と振り返る。堀江さんも、「材料、予算、手間といろんな課題があったのに、皆さん一生懸命作ってくださり、とても感動した。失礼かもしれないが、給食ってもっと適当に作っていると思っていた。けれど、手際の良さと技量、給食への熱い思いを感じた。私も勉強させてもらった」と喜んだ。
熱い闘いは、子どもたちの「おいしかった」という声で幕を降ろした。
全国学校給食甲子園で2019年度に優勝、20年度に優秀賞を獲得している丹波篠山市の学校給食。自他ともに認めるそのおいしさは、市直営の給食センターで調理している。その数、1日当たり約4000食。年間で約76万食にもなる。
市教育委員会によると、1食当たりの単価は幼稚園やこども園で230円、小学校で250円、中学校で280円。この費用は保護者が負担(うち15円はセンター管理費)しているが、黒豆や肉などの地元特産品を使うと、この単価では収まらない。そのため単価を超えた分やセンターの人件費、運営費は市の財源などで賄っている。
全国では民間の事業者が倒産し、突然、給食が停止するなどの問題が起きている。安価で事業を落札した事業者が、物価高騰に耐えられなくなったからだ。丹波篠山にも高騰の波は押し寄せているが、市は昨年度から1食当たり15円の財源を投入。今年度も当初予算から上乗せしているが、高騰は止まらず、追加投入も検討している。
物価高騰の中でも保護者負担を増やさず、質を維持していることについて市教委は、「子育て支援や食材の生産者支援にもつながる」とする。そして、「普段から栄養教諭らが悩みながら単価を抑えるようにしているが、こだわらなければ安くすることもできる。外部に委託すれば安い食材を使ってさらに費用は下がる。けれど、それは『給食』であって、『丹波篠山の給食』ではない。子どもたちが残念がるような給食を提供したくない」と語る。
給食に関わる人たちの〝熱さ〟の理由は、長年積み重ねてきた「おいしい給食」に対する誇り。その実績は給食甲子園での活躍以前からだ。
2013年の全国調査で、年間の給食の食べ残し量は、全国平均が1人7・1キログラムもあったのに対し、丹波篠山は0・9キログラムのみ。多くの子どもたちが残さず食べている。
特産物の導入は1982年までさかのぼる。パンは、05年から地元産コシヒカリ100%の「米粉パン」に、ご飯は21年から全量、減農薬で生態系にも配慮した「農都のめぐみ米」になった。生産者と連携し、地元野菜使用率は重量ベースで46・4%、品目ベースで50・8%と高い数値を誇る。地産地消を進めながら、給食で地域を知る「生きた教材」にしてきた。
そんな流れの中から生まれたフレンチ給食。市教委は、「どんどんいろんなことを取り入れようとする姿勢が素晴らしい。子どもたちの喜ぶ顔を見るため、今後も取り組みを進めてほしい」と願っている。