「自粛ムード」に疑問 能登半島ルポ「激震の爪痕の中で」④【ふるさと新聞アワード最優秀賞受賞】

2024.02.25
地域

倒壊した7階建てのビル=石川県輪島市で

1月22日午後、石川県輪島市の中心市街地に入った。道の両脇には倒壊したり、1階が押し潰されたりした家がどこまでも続く。丘の上にある住宅地からは、斜面を滑り落ちてきそうな角度で家が崩れている。「家は垂直に立っている」という常識が通用せず、目から飛び込む情報に強烈な違和感を覚えた。交差点にある信号機は点灯し、機能を果たしているのに、今にも倒れそうなほどに傾いている。

しばらくして現れたのが、前号で写真を掲載した道路から1㍍ほども飛び出たマンホール。典型的な「液状化現象」の痕跡だ。強烈な揺れが起きると、地中では互いに支え合っていた土の粒子がばらばらになり、どろどろの液体のような状態になる。水や土が地面から噴き出し、空洞になっている物などは浮き上がる。頭では分かっていても、目の前の光景は「異様」としか言いようがなかった。

さらに異様さが際立ったのが、根元から真横に倒れた7階建てのビル。これはビルの基礎の下に打たれた杭が、垂直方向に働いた強烈な振動で「引き抜かれた」ためと言われているが、マンホール以上に理解しがたい。倒れたビルのそばを人が歩く姿は空想の世界のようだった。

そして「朝市通り」。火災により、約240棟が焼け、4万9000平方㍍が焼失した。写真で見た爆撃を受けた町や関東大震災後の東京、そして、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた沿岸部の町のようだ。あらゆるものが焼け、崩れ、果たすべき機能を失った、ただの「物」になっていた。電線が目の前に垂れ下がり、車のフロントガラスはあめ細工のように溶けて固まっている。

朝市は1300年の歴史があり、幾度となく訪れた危機を乗り越え、人々の生活としての市から、観光の市へと変化し、輪島塗と並んで能登半島の一大観光拠点となった。能登を訪れたのは初めて。「いつか行ってみたい」と思いながら、活気と笑顔にあふれる朝市をこの目で見ることなく、焼け野原になった姿としてしか出合えなかったことが悔しい。寂しい。

輪島の現状を目に焼き付け、奥能登を去る時がやってきた。

輪島まで案内してくれたボランティア仲間に別れを告げると、「またね」と、ごく自然に抱擁し合った。分厚いダウンジャケット越しではあったものの、確かにぬくもりが感じられ、鼻の奥に熱いものがこみ上げた。

家があり、水も使え、ベッドで眠ることができる場所へと戻っていく自分がいる。同じ時、同じ国で、この地で生きていかないといけない人々がいる。そのギャップが頭にこびりついて離れなかった。

◇   ◇

今回、現地で感じた一つは、ボランティアの少なさ。東日本大震災や熊本地震、茨城や岡山の水害など、さまざまな被災地を訪れてきたが、いずれと比べても、ボランティアの姿が少ない。

自衛隊や消防、警察などの公的機関、水道やガス、電気、道路などのインフラ関係者は多く、最低限の生活を維持、または取り戻す動きは確かに見られた。ただ、社会基盤の復旧とは別に、人々は数多くの困り事を抱えていた。配給の水や物資が重くて運べない。散らかった家の中を片付けたい。食料はインスタント食品やパンが多く、「普通の食事」が取りたい。娯楽がない。話を聞いてほしい。そんな声に応え、公の復旧の「隙間を埋める」のがボランティアのはずだ。

ボランティアには災害ボランティアセンターなどに登録する人と、自主的に活動する人の2種類がある。事前登録者は2万人超いるが、2月16日時点で実際に活動したのは2700人。現地では自主的な人の姿も少なく感じる。

理由は、緊急車両を優先するために発せられた「来ないで」というメッセージや、移動や宿泊などの受け入れ体制が整っていないこと。確かに悪路など理解できる部分もあったが、交通や宿泊、食事などを「自己完結」できる人ならば行くべきだと感じる。「来ないで」ではなく、「自己完結できる人以外は来ないで」と言うべきだったのではないか。

防災研究の第一人者の室崎益輝・神戸大名誉教授は今回の地震を受け、初動からボランティアの力が必要だったとし、「『道路が渋滞するから控えて』ではなく、『公の活動を補完するために万難を排して来てください』と言うべきだった」と指摘した。まったく同感だ。今連載に登場した丹波篠山市京町の岩下八司さん(74)やシンガーソングライターの石田裕之さん(43)などは、まさに自己完結で、できる範囲の活動に取り組んでいる。

大規模な火災が発生した朝市通り=石川県輪島市で

一方で、気になる報道があった。ボランティア自粛ムードの中、活動を希望する学生が、「SNS(交流サイト)でたたかれるから」と委縮し、諦めているという。嫌な時代になったと思う。

行政の「来ないで」には、混乱を防ぐため、ボランティアをコントロールしようとする思いが見える。確かに、これまで訪れた被災地では地元に迷惑をかけているボランティアも見た。ただ、それは一部で、多くは被災した人々を支えていた。

「目の前に困っている人がいたら、何かしたいと思うのが普通ちゃうかな」―。自粛ムードの中、現地で汗を流すわずかなボランティアたちに共通する意見。そんな人々がいること、そして、彼らをどうかたたかないでほしいということを伝え、筆を置く。
=おわり=

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