2014年8月、兵庫県丹波市市島地域を中心に甚大な被害が発生した豪雨災害から、今年で10年を迎える。記録的な大雨は山腹崩壊を起こし、土石流となって人々の営みを難なくのみ込み、尊い1人の命をも奪った。「丹波は比較的災害の少ない地域」という神話が崩れた瞬間でもあった。それでも人々は立ち上がった。防災・減災を目的とする取り組みや、結んだつながりを生かす活動、災害を機に始めた住民の新たな挑戦は、今につながっている。“あの日”を振り返るとともに、災害から得た教訓をテーマに人々の足跡を追う。
◆自主防災組織率 被害集中地域が突出
丹波市豪雨災害は、流出土砂50万立方メートル、家屋被害1000戸以上の甚大な被害だったにもかかわらず、生命や生活への影響は最小限に抑えられたとされる。防災学者の室﨑益輝さんは、同市豪雨災害の「復興記録誌」(2020年)の巻頭で、「深夜にかかわらず事前に避難を促した行政の英断とそれに素直に従った住民の行動が、人的被害の軽減につながっている」と評価した。
市島町竹田、前山、吉見地区に避難勧告と2階への「垂直避難指示」をしたのが8月17日午前2時。それ以前から異常な雨の降り方に危険を感じたり、家族や親族、自治会長や自治会員、消防団や地域の駐在所の呼びかけで避難したりする人があった。市島地域で37世帯81人が避難した。
豪雨災害後、市は災害から生命を守る取り組みに力を入れている。自主防災組織の結成を促し、市全体で247自治会が組織した(組織率82・6%、5月末)。被害が集中した市島地域は94・3%と突出して高く、青垣地域が61・7%と際立って低い。市全域で同市豪雨災害が「教訓」となっているかは疑問符が付く。
資機材助成を充実
◆「共助」へ名簿共有
市は防災資機材の購入助成を拡充し、自主防災組織や自治会に備えの充実を促している。非常食、炊き出し用具、土のう袋、放送設備など広範囲に使え、今年は能登半島地震を受けて蓄電池を対象に追加した。
また、案がまとまった第3次総合計画に「防災訓練の実施件数」と「自宅や自宅付近の風水害リスクを把握し、風水害時の避難などの行動計画を決めている人の割合」の2つの数値指標を盛り込んだ。自治協議会、自治会、自主防災組織が実施する防災訓練は、昨年度の53件を、2029年度に80件、行動計画を決めている人の割合を50%とすることを目指す。
自主防災組織の活動目的の一つが、避難が必要な人への支援、近所同士の声かけ。「共助」による命を守る行動だ。市は、「避難行動要支援者名簿登録制度」を運用する。災害発生時に支援を必要とする人が、地域の支援者と安全に避難ができるよう、自身の情報を支援者、関係機関と共有することを本人同意を得て、名簿に記載する。
登録用紙はA4判表裏で、表面に緊急時の連絡先、避難支援者の名前や電話番号を記載する。裏面は「災害時個別避難計画」。いわば避難時のカルテで、▽具体的に必要な支援の内容(声かけ、避難誘導、避難支援など)▽避難のタイミング=「警戒レベル3」(高齢者等避難の発令)、「警戒レベル4」(避難指示発令)など▽避難先=垂直避難、自治会公民館、住民センターなど―を選ぶ。特記事項も記載し、このシートを地域と共有する。
現在、市が管理する名簿に約930人が登録されている。毎年更新され、市は自治会などから請求があれば、当該自治会分に限り、最新データを提供する。データの請求は毎年、50―60件ほどあるという。名簿を活用し、「こうなったら要支援者に避難してもらおう」と事前に決めている自主防災組織もある。「何もなかったね」の”空振り”を恐れない。
共助で避難が難しい難病患者らは、市や丹波健康福祉事務所が「公助」で助ける。
◆「自助」意識養う 立地リスク把握を
3年前に「市防災マップ」を更新し、冊子を全戸配布した。どのページをめくっても、谷あいの自治会は「土砂災害特別警戒区域」のレッドゾーンだらけ。1級河川沿いの自治会は、想定最大規模の浸水深が「3・0m―5・0m」「5・0m以上」のゾーンが広く、市内に安全な場所はそう多くないことが分かる。
冊子の裏面には「わたしの、わが家の避難計画」欄を設けた。計画を作成することにより、自分自身であらかじめ、「いつ」「どこに」「どのように」避難するかを決めておき、いざというときの避難行動に役立ててもらう「自助」の取り組みだ。
市豪雨災害後の最も大きな災害は、市に初めて「大雨特別警報」が発令された2018年7月5―7日の西日本豪雨。山南町北和田で累加雨量が499ミリに達した。山が崩れ、氷上町横田で墓地が流れたほか、床上浸水30カ所、床下浸水136カ所の被害が出た。この災害の最大避難者数は、市全体で35世帯、67人だった。
昨年の盆の台風7号の大雨。青垣町で233㍉降り、高谷川が「避難判断水位」に到達し、柏原町新井地区、氷上町生郷・沼貫地区に「避難指示」が発令された。この時の避難者は42人。
市が避難を呼びかけても、なかなか避難所に足が向かない。リスクを受け止め、避難が習慣づいている人は少数だ。
市くらしの安全課の柴原洋平さんは「人数の多寡だけで防災への意識や関連は計れない」と言う。例えば、大雨で避難指示が発令されたとする。指示が出てしばらくしてひどく降り出し避難できなくなった。今、動くのはかえって危ないので2階に避難しよう。行かなくても大丈夫だろう―。いろんな状況、判断がある。柴原さんは「根拠に基づき自宅にとどまる判断はある。『避難しなくても大丈夫だろう』の正常性バイアスが働き、根拠なく避難しない意識は危険」と警鐘を鳴らす。
改めて自宅や関係各所の立地リスクを把握したい。同課が地域に呼ばれ、防災講話をする際に防災マップの持参を呼びかけても「どこにやったか分からない」と言われることがままある。マップは、市のウェブサイトで公開されている。5カ国語に対応。