銭湯の面影、今も 庶民通った「篠山温泉」 建物現存「名残いじらず」【シリーズ・昭和100年】

2026.01.15
地域歴史注目

住民が足しげく通った銭湯「篠山温泉」。左は開業当時で、右は現在の様子

令和8年(2026)は、昭和元年(1926)から数えて満100年。戦後復興、高度経済成長などにおける、さまざまな出来事の中で日本が大きく発展した昭和の時代。一方、「平成」「令和」と時が流れるにつれ、古き良き時代というような懐かしさも込めて「昭和」が使われることが散見されるようになった。そこで、兵庫・丹波地域の「楽しかった昭和」にスポットを当て、当時の“アルバム”の一部をひもといた。時代の再発見と、輝かしい未来につながることを期待して。

兵庫県丹波篠山市西町は、昭和の香りが今も色濃く残る場所。ブリキ玩具製作所に屋号を掲げた店舗、ホーロー看板に今でもかっこいい旧車―。まちを歩けば、いろんな「懐かしい」に出合うことができる。その風情を生かし、昭和30年代の雰囲気を再現する「昭和縁日」も開かれていたほどだ。

「あなたはもう忘れたかしら? 赤い手ぬぐいマフラーにして」―。

昭和の名曲「神田川」が聞こえてきそうな建物が、今もほぼ形を変えずにたたずむ。そう、この建物は元銭湯。大正12年(1923)に開業し、地域住民が足しげく通った「篠山温泉」だ。

当時の銭湯の様子

「いろいろと銭湯だったころの物が残っていますよ」と案内してくれたのは、現在、建物を所有する森卓也さん(52)=大阪府吹田市。バイク好きの森さんはツーリングで丹波篠山を訪れ、街並みや豊かな自然、農村風景を気に入り、何度も通ううちに、「ここに家がほしいな」と思うように。物件を探していて出合ったのが篠山温泉だった。「『なんて素敵なんだ』と。今逃したら絶対巡り合わないと思って、即決しました」。今ではすっかり地域にも溶け込み、大阪との2拠点生活を楽しんでいる。

単に体を洗う場所だけでなく、庶民にとって欠かせない社交の場でもあった銭湯。戦後の昭和30―40年代に黄金期を迎えたが、高度経済成長を経て家庭に風呂が普及したことなどで客足が途絶え、少しずつ姿を消していった。

篠山温泉も昭和63年(1988)に廃業。十数年前に森さんが購入した時点で民家に改装されていたものの、湯上がりの人々がくつろいだ2階の大広間やのれん、下駄箱、脱衣所のロッカー、体重計など、銭湯の名残を今に伝えるものも一緒に引き継いだ。

地域住民によると、当時は夕刻が迫ると多くの人が銭湯へ。まずはおじいちゃん、おばあちゃん。そして子どもたちや若い世代が続く。タイルが張られた浴槽のふちに腰を下ろし、体を洗う。「洗髪料というのがあって30円。髪を洗うとお湯をたくさん使うから」

下駄箱や表に掲げられていた看板と、建物を所有する森さん

元銭湯の中でそんな話を聞いていると、「カコン」という風呂桶の音や、「バシャッ」とお湯を流す音、そして、銭湯に集った住民の話し声が聞こえてきそうだ。

思い出がたくさん詰まった貴重な建物だが、築100年を超えている。森さんは、「家の中にいても風を感じる時があるし、めちゃくちゃ寒い。雨漏りの修繕もした。それも古民家の宿命」と苦笑。「でも、西町はとても住みやすいし、この家に出合ったことで、今の生活がある。感謝しかない」と言い、「銭湯の名残をいじらずに、ここに銭湯があったということを伝えていきたい。建物の守り役であり、私も守ってもらっている。お互い様です」とほほ笑んでいる。

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