兵庫県篠山市の川阪自治会は、田舎らしい原風景と言える景観を守るために、空き家を減らし、廃屋や雑草が生い茂る荒地をなくそうと取り組んでいる。家主であるお年寄りや、その家族とのコミュニケーションを密にすることで、”その後”の管理や活用についてもスムーズに話が進むという。集落内にはワラ葺き屋根の古民家に住む人が多いが、管理がされずに雑草が生い茂ったり、崩れ落ちそうな廃屋はゼロ。山崎義博自治会長(67)は、「自分が暮らしていた家が崩れているのを見るのは嫌なはず。かといって潰すのに何百万円も払えない。家は住まないと傷みが進む。それまでに手を打つべき」と話す。
同集落は、西紀北地区(高齢化率38・34%=昨年末現在)にあり、自治会員が20戸、週末だけ田舎暮らしを楽しむ人たちの民家が20戸。子どもはいない。
普段から一人暮らしのお年寄りを気に掛ける。家族が帰ってきているのを見かけたら声をかける。そんな日々のやりとりが景観を守ることにもつながっている。「草刈りしーに帰ってきたげぇや」―。親とは違う立場だからこそ話せることもあるという。
実際、一人暮らしのお年寄りが亡くなり、四十九日が終わったころに家族と連絡をとり、家をはじめ、墓や田んぼの管理、村の付き合いについて話し合ったケースも。家の世話と合わせて、集落で行う年2回の墓掃除には参加してもらい、無理のない程度に周辺の草刈りも手伝ってもらう。田んぼは村で管理する―と話がまとまった。
景観守ることで移住者を
これとは別に家族が自前で家を直したり、不動産業者がリフォームし、売れた物件もある。
2015年に大阪から移住した椴木美幸さん(54)が住む古民家は、先代の移住者がリフォームした物件。「このジブリ映画の中にいるようなロケーションが気に入った。水洗トイレだし、都会では必需品の浄水器もいらない。やはり、リフォームされていたことが決め手になった」という。
村の日役や行事にも積極的に顔を出す。「田舎暮らしを考えたのは、東日本大震災から。災害が起きた時に都会では生きていけないと思った。この土地との縁があり、すぐに受け入れてもらえた。隣が誰なのか分からない方が怖い」と話す。
普段は誰も住んでいないが、家族が定期的に管理している家も3軒ある。それぞれ帰ってくる頻度は違うが、集落の付き合いは続けている。山崎会長は、「『村づきあいを抜けさせてほしい』と言われることもある。『何から何までは無理なんは分かるから』と必死でくいとめている」と苦笑い。「自治会がどれだけ日常的に気にかけ、家族と疎遠にならないようにコミュニケーションをとっていくか、だろう」と話す。
もともと戸数の少なかった同集落は過疎の深刻化を懸念し、田んぼや川、道路の維持管理を意識的にしないと景観が守れないと、30年近く前から都市住民を巻き込んで、川土手の草刈りを年2回、手伝ってもらったり、田植えや稲刈り、秋の例祭に招待するなど交流を続けている。10年ほど前に、秋の例祭で山車に乗る子どもがいなくなったことで、さらに危機感を強めている。
山崎会長は、「何とかしようと思っている人がいる間は何とかなるだろうが」と、高齢化が進む地域を不安視しながらも「景観を守ることで、この地が気に入って移住する人がいるかもしれない。いつか子どものいる若い家族が引っ越してくれれば」と期待している。