黒大豆や山の芋と並んで、兵庫県丹波篠山市内でかつてブランド農産品として出回っていた同市犬飼地区の「犬飼のタケノコ」。10軒以上あったという出荷農家は、高齢化や山の手入れの大変さなどから4、5軒ほどに減ったとされているが、「白子筍」と珍重され、いまも根強い人気がある。また、2年前に会社員を退職した地元の有機農家がタケノコ生産に力を入れ出し、伝統を守ろうとしている。
根強い人気 北海道へも
同市に合併した旧丹南町の「丹南町史(下巻)」の執筆者で、5年ほど前まで野菜市「丹波旬の市」にタケノコを出荷していた上田和夫さん(91)=犬飼=によると、かつて地域に共同作業所があり、地元の出荷者が持ち込み、卸業者や農協が買い付けに来ていたという。
国道の整備とともに作業所がなくなったり、40―50年前には竹の花が咲いて枯れたりしたことも、生産者が少なくなった要因だという。
現在、同地域ではほとんどが自家消費分のみが収穫され、市内の直売所に出荷されているのはわずか。青果店へは1軒が出荷しており、集荷分はリピーターに配送する分でほぼ完売。毎年、北海道の個人宅に届けるものもあるという。
店員は「切ったワラと赤土をかぶせて作ると聞いている。柔らかくて甘く、ほかのタケノコとは全然違う」と話す。また、5年ほど前まで犬飼のタケノコを販売していたという青果店は、「市内の70歳以上の人は犬飼のタケノコがおいしいのはよくご存じ。地元の人なら、黒大豆や山の芋と同じくらい有名だった」と話す。
大正時代に京都から移植
2018年、会社員を早期退職して専業農家になった犬飼の前川康幸さん(57)と、妻の知余美さん(53)は、「丹波篠山ファームmaegawa」の屋号でコメ、黒大豆、黒枝豆、メロン計約3ヘクタールを栽培し、64アールの竹林でタケノコを生産している。
康幸さんによると、4代前の林藏さんが京都のタケノコを移植したことから、「犬飼のタケノコ」が始まったという。前出の上田さんも林藏さんが京都の山科からタケノコを持ってきて、みなで協力してやぶを開墾し、竹林が広がったと伝え聞いている。
地上に出る前、朝早くに掘る
犬飼のタケノコは、地上に頭を出す前に朝早く掘られるため、柔らかくて、えぐみがないのが特長。土が少し盛り上がったり、ひび割れたころに専用のクワで掘る。京都とよく似た赤土で、長年肥料を施した土壌があることに加え、翌年も地中でタケノコを育てるための土入れ、竹の間引きなどの手入れを重ねて、刺し身でも食べられるような良品が生まれる。
しかし、手入れの重労働や、獣害などが生産者減の要因となっている。ファーマーズマーケット「味土里館」に出荷している前川勝男さん(78)は「父親の代までは肥料をやっていたが、今は竹の間引き程度。獣害もひどくなっている」と話す。
施肥や間引き 「宝物」手入れ
それでも、犬飼のタケノコを毎年買ってくれるからと、山の手入れを続けている農家もいる。上田正信さん(69)、満美さん(64)夫婦は、6月にお礼肥え、冬に竹の間引きを行い、3月にも肥料をやる。数年ごとに土入れもする。
満美さんは「私たちにとっては先代から守られてきた宝物。コメや黒豆の栽培で追われる中、年々手入れが大変になってくるが、丹精込めて育てていきたい」と話している。
料亭と取引も 加工品でPR
丹波篠山ファームmaegawaは、5代にわたって育ててきた土でタケノコを大切に育てている。間引きや肥料などの手入れをし、「犬飼の赤土がよく合っているのか、京都にも負けない味」と胸を張る。
環境に優しい農業を実践する県の「エコファーマー」に認定されたことで、料亭やスーパーなどとの取り引きも始まった。出荷する味土里館には、炊き込みご飯や甘辛煮の惣菜にして販売。「犬飼のタケノコのおいしさを少しでも広めていきたい」と話している。