「今こそ”My助産師”を」「新しい生活は健康的」 コロナ禍中の出産・育児 助産師がアドバイス

2020.06.01
ニュース

コロナ禍の中での出産などについて語る成瀬さん=2020年5月15日午後零時11分、兵庫県丹波篠山市大沢で

緊急事態宣言が解除されたものの、いまだ世相に暗い影を落とし続けている新型コロナウイルス―。健康な人でも恐怖を感じているが、新しい命を授かった妊産婦は何倍ものストレスを感じている。分娩や妊産婦、新生児の保健・育児指導を行う女性専門職で、兵庫県丹波篠山市のお産応援事業の一つとして導入された「My助産師制度」の担当助産師でもある成瀬郁さん(53)に、妊婦や育児中の母親、家族らが気を付けるべきことを聞いた。

◆感覚の違いでイライラ 持続ストレス避けて
 ―今、妊産婦はどのようなことを感じているか
 「妊娠中に感染したら、赤ちゃんは大丈夫か」「妊婦は抵抗力が弱いと聞くが大丈夫か」「立ち合いができなくなり、自分一人で臨まないといけない」「子育て中に感染したら、赤ちゃんは誰が見てくれるのか」「相談したくてもパパママ教室も中止になっている」―など、さまざまな不安とストレスでいっぱいだと思う。厚労省が日本助産師会に委託し、ゴールデンウイーク期間中(4月29日―5月6日)に設けた「妊産婦等臨時相談ダイヤル」には832件の相談があり、感染リスクへの不安が282件で1位だった。
 ―妊婦の感染対策は
 現在のところ、妊婦が感染しやすいという報告はない。妊婦は抵抗力が弱いといわれるが、最低限の免疫はある。
 なので妊産婦であっても手洗い、うがい、マスク着用、「3密」を避けるなど、一般的な感染対策で大丈夫。また、普通の手洗いせっけんや洗濯洗剤でコロナウイルスの感染力を失わせる効果があるとされている。ただ授乳やおむつ交換のたびに頻回に手を洗うママは、手荒れ対策に気を付けて。
 ―家庭で気を付けることは
 ママとパパ、家族で衛生面に関して感覚が違うことがあるため、ただでさえ、過敏になっているママはイライラしてしまうこともあると思う。逆にママから「触ったらダメ!」などと言われたパパもイライラする。
 ここで重要なのは家族みんなで「わが家の感染対策」を話し合うこと。誰かが一方的に決めたことを実行させるのではなく、互いの意見を伝え合うことでイライラを避けられる。
 仕事から帰ってきたら、まず玄関でアルコール消毒をするとか、体調が悪くなったらどの部屋にいるなど、みんなで決め、みんなで感染を防ぐ。コロナに試されているともいえる、家庭の団結力が強められる。
 ―妊産婦はただでさえ「うつ」になりやすいとされる
 基本的に子育て中は赤ちゃんと2人きりで、社会から隔絶された環境になり、うつになりやすいと言われている。
 まずは、「感染したらどうしよう」など、「現実に起こっていないこと」を心配し過ぎないようにして。持続するストレスは、発達障害など、赤ちゃんの脳に影響があるという研究もある。
 ―いくら気を付けていても感染経路が分からない人もいる
 感染しても発症しないように免疫力を高めておけばいい。
 まずは食事。妊婦さんの中には1日2食になっている人がかなり多い。1日3食は大前提で、ビタミンが豊富な色の濃い野菜や、抵抗力の元になるたんぱく質をたっぷり摂る。体温を上げる根菜類などが望ましいので、できれば和食がいい。
 一番簡単なのは、野菜をたくさん入れたみそ汁。肉や魚でなくても、みそ汁なら豆腐でたんぱく質も摂れる。
 ―ほかには
 「笑う」こと。笑うと免疫をつかさどるナチュラルキラー細胞が増えるが、実は作り笑いでも増えると言われている。自然に笑えないときでも、難しいかもしれないが、鏡に向かってニコっとしてみてほしい。
 ―どれも平時でも大切なことだ
 その通り。全てが安産につながり、産む力を発揮する体になる。栄養バランスの取れた食事は家族みんなの健康にもつながる。実は今の状況は、生活を見直すチャンスだと思っている。
◆独りではなく、赤ちゃんが一緒
 ―立ち会い出産ができなくなっている
 感染防止を目的に面会禁止になっている関係で、多くの病院などでは夫の立ち会いもできなくなっている。「独りで産まないといけない」と不安になっている人もいるかもしれない。
 出産時に経験したつらい体験を「バーストラウマ」と呼ぶが、日ごろのコロナに対するストレスや、立ち会いができないことなど、バーストラウマが起きやすい環境にあるかもしれない。
 でも、忘れないでほしいのは、独りではなく、赤ちゃんが一緒にいてくれること。おなかの中にいる赤ちゃんに集中できれば、きっとすばらしいお産になる。
 ―里帰り出産ができなくなったケースもあると聞く
 例えば東京で暮らしている娘が兵庫に帰ってきて出産するのが里帰り出産。緊急事態宣言が解除されたものの、都道府県をまたいだ移動の自粛もあり、里帰り出産を病院が拒否するケースもある。感染拡大の懸念を考えれば仕方がないかもしれない。
 ただ、産後、実家で親の協力を得ながら子育てを始める予定だった人にとっては、すごく大変なことになる。夫婦2人だけで子育てを始めるのは心身ともに負担が大きい。
 ―対策は
 自治体が取り組む「産後ケア制度」の「宿泊型」を活用してほしい。退院を延ばしたり、退院した後に産後ケア施設に赤ちゃんと入所し、助産師や看護師の支援のもと、安心して生活を送ることができる。
 兵庫県丹波篠山市の場合、産後4カ月未満の母子なら、最大7日間利用できる。1泊2000円で3食付き。ぜひ利用してほしい。
 昨年、母子保健法が改正され、各自治体で設置することが努力義務となった。暮らしているまちで制度があるかどうか確認してほしい。
 ―母子家庭などで母親が感染したら小さな子どもはどうなる
 周囲に預けることができる家族などがいればいいが、もしいなくても、行政に相談すれば対策を考えてくれる。
◆今こそ心と心は「密」に
 ―ほかに注意すべきことは
 ひとりで不安や心配、つらさを抱えないで。3密回避と言われて久しいが、今こそ、「心と心は密に」してほしい。
 子育てはそもそも大変なこと。妊娠中からつらさを声にする練習をして。聞いてもらう相手には、家族や親、友だち、担当の医師・看護師、そして、助産師もいる。SOSを出せる相手が多いほど幸せ。上手に人に頼ることは賢い生き方だと思う。
―声を出しにくい性格の人もいるのでは
 なので、今こそ、全ての妊婦に産前から産後まで一人の助産師が”かかりつけ”として妊産婦に寄り添う「My助産師」(※)が求められていると思う。
 丹波篠山市の制度や「日本妊産婦支援協議会りんごの木」のモデルケースとして、私がMy助産師として関わった妊産婦さんは、打ち解ければ向こうから相談してきてくれるようになった。「自分の性格を分かった上で関わってくれる人がいるのは安心」との声もいただいている。
 助産師は英語では「ミッドワイフ」という。「女性と共にいる」という意味。ぜひ、近くにいる助産師とつながってほしい。
 ―最後に
 緊急事態宣言が解除されたが、第2波も考えられ、長い付き合いになるかもしれない。けれど、コロナ対策で“バージョンアップ”した生活様式は、間違いなく、健康的な妊娠、出産になり、子育てや健康的な家族の生活にとってもプラスになる。
  ※My助産師制度 ニュージーランドなどにある法制度。同国では妊娠がわかると女性は病院よりも先に自分専属の助産師「My助産師」を決める。専属助産師は妊娠から分娩、育児まで常に寄り添い、”伴走者”として妊婦をサポートする。切れ目のない支援が正常な分娩や虐待、産後うつの防止につながるとされ、日本国内でも制度化を求める声がある。丹波篠山市の事業はニュージーランドの簡易版で、ハイリスクな人や希望者を対象に産前2回、産後1回、助産師が訪問している。

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