絶滅危惧の松茸 名産地の今は? 獣害、気候変動、高齢化― 貴重なブランドは危機 入山同行ルポ

2022.11.02
地域自然

連なって生える松茸。軸が太短いのが丹波篠山産の特徴という=兵庫県丹波篠山市内で

全国的に名高い「松茸」産地の一つ、兵庫県丹波篠山市―。毎年、初物が出荷されると、ご祝儀相場もあって高値が付けられる。今年も120グラム95万円となり、大きな話題を呼んだ。一方、2020年に国際自然保護連合は松茸を「絶滅危惧2類(危急)」に指定。希少価値が高まっているからこその高値だが、貴重な丹波ブランドの一つが危機に瀕しているともいえる。山に入って45年というベテランの70歳代の男性に「1度、現状を見て」と誘ってもらい、共に山へ入った。記者も絶滅が危惧される状況の一端を垣間見た。

◆急峻な山登り危険が身近に

丹波篠山市産の松茸は、香りの高さと歯ごたえが特長。都市部で販売される際には、最高級品の一角を担っている。
10月中旬の早朝。山裾に車をとめ、男性からまず手渡されたのが熊よけの鈴。「この山で出合ったことはないけれど一応、付けといて。1人のときはラジオをかけながら歩く。今日はしゃべりながら上がるから大丈夫かな」―。シカには何度も遭遇し、イノシシと鉢合わせたときは「そら怖かったで」。松茸に手を伸ばした真横でマムシがとぐろを巻いていたこともあるそう。聞いただけで背筋が凍る。

林道から急にやぶの中に入る。ここが松茸山への入り口のようで、男性にしか分からない。「入り口が分かると、二本足(泥棒)が入ってくるから。昔は何度も入られた。今は入っても松茸がないけど」と苦笑する。

急峻な山道をひたすら登る。滑って転倒しそうになり、手を伸ばしてつかんだ1本の枝に助けられることもしばしば。「枯れた木をつかんだらアウト。ざーっと滑り落ちるから」とアドバイスを受ける。実際、枯れ木が多く、もしつかんでいたらと思うとぞっとする。動物といい、さまざまな危険と隣り合わせの登山だ。

息は絶え絶え、額には汗がにじむ。休憩を挟みながら進むこと約1時間。数メートルにわたってネットを張り巡らせた一角に到着した。「ここが『ツボ』ね」

◆「ツボ」を回り 見つけた松茸

松茸はアカマツ周辺の地中に広がる菌床「シロ」から発生する。そのシロから松茸がよく顔を出す場所がツボ。男性は山を歩き回り、ツボを探し当てては獣害から松茸を守るため、ひたすらネットを張ってきた。

ようやくたどり着いたツボだが、松茸が見当たらない。男性が、「昔はよく生えとったけれど、あかんなあ」とつぶやく。シカがネットを飛び越えて侵入することもあり、1度荒らされると生えなくなるという。 そこからさらに山を登り、2カ所目のツボへ。「ここは”ドル箱”。足元をよく見て、踏まないように気を付けて」。慎重に足を動かしながら、斜面にじっと目を凝らす。すると、ぽっこりと丸いシルエット。松茸だ。

ツボに張り巡らせたネットのそばにあったシカの骨。獣害による被害は年々増加している=兵庫県丹波篠山市内で

「そーっと抜いてみ」と男性。周囲の土を少し掘り、軸を左右に揺らしながらゆっくりと抜く。「グジッ、グジッ」という音と感覚が手に伝わり、無事に抜けた。長さ約11センチ、軸周りの太さは約4センチ。傘はまだ開いていない。ふわりと松茸の香りが鼻をくすぐる。「上等や。十分売り物になるで」。宝物を見つけたような気分になった。

その後も急斜面にある複数のツボを見て回ること2時間半。約20本を収穫でき、5、6本が連なって生えている場所もあった。うち売り物になったのは1・1キロ。男性が長年かけて培った独自の販路に持ち込む。「すごいですね」と興奮気味に言うと、男性は「いやいや、全然」とかぶりを振る。数十年前には1日で38キロ収穫したこともあるという。

◆国内量は激減 市内も同様に

松茸は減少し続けている。農林水産省によると、国内の年間生産量は、1941年(昭和16)の1万2000トンがピーク。豊作と不作を繰り返しながら減少を続け、60年(昭和35)は約3500トンだったものの、近年は100トン未満にまで落ち込み、2019年は14トン、2020年は32トンと激減している。

JA丹波ささやまや、丹波篠山市場の担当者によると、市内も状況は同じで減少の一途をたどっているという。

松茸はなぜ減ったのか。かつては燃料としてのまきを集めるために人が山へ入ることで松茸に適した環境ができていたが、ガスの登場などにより、人が入らなくなった。結果、さまざまな木々が生い茂り、多様性のある森になった一方で、痩せた土地を好むアカマツは生育しにくい環境になった。

山中に点在する枯れたアカマツ

そこにカミキリムシが運ぶ線虫、いわゆる「マツクイムシ」による松枯れが追い打ちをかける。そんな状況をかいくぐって顔を出した松茸も急速に生息数を増やしたシカなどによる獣害に遭う。

男性は言う。「鼻が利くから出始めの松茸を狙う。もう少し大きくしようと置いていて、次に来たらすっからかん」

松茸の復活にはアカマツ以外の木を伐採したり、土の上に積もった枯れ葉などを除去したりすることが有効とされる。各産地で再生に向けた取り組みが行われており、丹波篠山市も「マツタケ復活事業補助金」を創設し、森林整備などを支援している。しかし、高齢化により山の上で作業をする人手は少なく、取り組みが加速しているとは言えない。

男性は、ツボの一帯は可能な限り倒木などを除去している。また、獣害対策としてツボにライトにラジオを設置したり、有刺鉄線で囲ったりと、さまざまな取り組みを試したが、しばらくするとシカは慣れ、怖がらなくなった。「私の場合やけれど、いろいろやってきて結局、ネットに落ち着いた」

松茸の減少にはさまざまな要素が複合しているが、男性は、「気候がおかしいのも大きい。昔は山に入るときは息が白かったのに、今は暑い」。

◆10月も暑い山 気候変動顕著

松茸は9月下旬以降、気温が下がり、適度な雨が降った時期が発生の好条件。しかし、近年は10月に入っても気温が下がりにくい。

市によると、隣接する兵庫県丹波市の柏原気象観測所における年間平均気温の推移は、寒暖を繰り返しながらも上昇傾向。過去40年では、1・74度も上昇している。

気温の上昇は黒豆や山の芋などの特産品を育む「丹波霧」にも影響を及ぼしており、丹波篠山と似た気候の豊岡特別地域気象観測所(同県豊岡市)のデータでは、1931―89年では年間平均123日発生していたが、2015年は64日で、ほぼ半減した。温暖化の影響は顕著で、松茸の生育にも大きな影響を及ぼしていると考えられる。

道なき道、汗、ネット、枯れ木―。道中を振り返れば、全ての要素が景色の中に入っている。

◆成果は「とんとん」 いつまでもは

山中で一休みしながら、男性と談笑する。

「よく都会の人を松茸狩りに案内した。みんなで収穫して、下山したらテントですき焼き。お土産には籠いっぱいの松茸。ちょっと見栄えの悪い松茸をサービスで出したら驚かれたもんです」

昔話に花が咲き、「もうかったでしょう?」と尋ねると、「いやいや」と手を振る。「昔はよく出る山の入札価格が高くて、何百万円もしたことがあった。それで不作の年に当たろうもんなら大損。結局はとんとん。松茸山は博打です」

記者が発見した松茸

それでも続ける理由は何か。「なじみのお客さんに喜んでもらえるのが一番。後は単純に山に入ることが好き。秋が近づくとわくわくして。簡単に言うと趣味ですわ」。男性のような人々によって、一つのブランドが維持されていることに気づく。

珍しく男性が語気を強める場面があった。「報道で『丹波篠山の松茸が豊作』というニュアンスを言われることがある。どこがやねん、と。豊作と聞いたお客さんが求めてきても松茸がないから心苦しい。それに相場も下がる。あれはやめてほしい」。自分にも誤解される表現があったかもしれないと反省する。

男性も含め、市内で松茸を収穫する人々は60―70代が主力だ。すいすいと山を行く健脚には驚かされるが、「いつまでもは無理やろなあ。若い子に譲ろうにも受けてくれる人がいない。自分たちの世代が山に上がらなくなったら、終わりかもしれん」

絶滅危惧という言葉の実態を改めて実感した山中の一日だった。

関連記事