兵庫県丹波篠山市立西紀中学校で、大阪府認定の子ども家庭サポーターで、社会福祉士、保育士などの資格を持ち、4月から内閣官房こども家庭庁の政策参与として活躍している辻由起子さん(48)による人権講演会「大人になる前に知っておきたい『からだ』と『こころ』の話」(同校PTA主催)があった。思春期真っ只中の全校生104人へ、勉強をする意味や感情のコントロール方法、人との付き合い方などについてアドバイスし、「なりたい自分になれるように」と背中を押した。保護者15人も足を運び、熱心に耳を傾けた。要旨は次のとおり。
■大人に従い19歳で出産
みんながなぜ勉強しているか。それは親を喜ばせるためでも、友だちと比べるためでも、高校に行くためでもなく、自分が見える世界を広げるため。
私は中学生ぐらいの頃、ひたすら受験勉強をしていた。親と先生から「勉強したら幸せになれる。勉強をしなければ大人になれない。社会は厳しい」と言われたから。
すると、大阪府でもトップクラスの高校に合格できた。大人の言う通りに頑張ったから幸せになれるかなと思った。勉強が目的になっていて、どうやって生きていくかについての勉強はしていなかった。
高校卒業間際、社会に出てアルバイトをした。そこにいたのが元夫。会った日に「愛しているからついて来いよ」と言われた。「大人の言うことはちゃんと聞きや」と言われていたので、素直についていくと、赤ちゃんができた。
高校卒業と同時に18歳で結婚し、19歳で娘を出産した。
■子育てに悩む「幸せになれる?」
子どもの世話なんて簡単だと思っていた。でも、そうではなかった。勉強は自分が頑張ればなんとかなったけれど、赤ちゃんはなんとかならない。
「イヤイヤ期」は、どの赤ちゃんにでも起こることで、仕事に行きたくても、買い物に行っても、いきなり泣く。子どもを育てるのは勉強より大変だった。けれど、それを教えてくれる大人が周りにいなかったから、子育てのやり方に悩んだ。
「何も楽しいことがない。どうしたら幸せになれるのか」と考え、仕事と子育て、家事をしながら、子育てを学ぶため、通信教育で教育学科と社会福祉学科の大学を卒業した。23歳でシングルマザーに。正社員として働いたことで、子どもがほったらかしになり、中学1年の時に不登校になった。今では克服しているので、不登校などに関する相談を集めて、国会などに届けて、法律を作ったり、変えたりするのが、今の私の仕事。
■不登校克服の娘「幸せは自分で」
今、娘は会社員。「自分の幸せは自分でつくる」と、いつも言っている。今の娘の幸せは、ジャニーズ。「不登校だった娘がなぜ学校に行けるようになったのか?」とよく聞かれる。中学1年の時は、家から一歩も出ず、ずっと携帯をいじっていた。
当時からジャニーズが好き。追っかけようと思うとお金がいる。働かなければならない。なら最低、高卒の経歴はいる。引きこもっている場合じゃないと気付き、ジャニーズのために働くという目標を設定した。
夕方からのライブに行けて、土、日曜が休みの会社で勤めようと決めた。けれど私はシングルマザー。「塾には行かせられない。国公立など、お金のかかからない大学に行ってもらわないといけない」と話した。すると、自分で頑張って、高卒と大卒の経歴を手に入れて、ホワイト企業に勤めると決めた。今は楽しく追っかけをしている。
勉強ができて幸せなのではなく、目的があるから幸せ。
そんな娘の口癖は「ニートになりたい」。けれどニートになっても、親の方が先に死んでしまう。「私を頼ってニートになっても幸せにはなれない。誰かに依存した幸せはつくらない方が良い。まずは自分で自分を幸せにする力を付けて」と伝えている。
「失敗するのが怖い」という相談を、保護者や子どもからよく受ける。けれど安心してほしい。失敗なんてない。経験が増えるだけ。いろんな経験を積んで、自分に力を付けていけば良い。
■ため込むストレス 大人と取り出して
誰かに何か嫌なことをされると「ブラックハート」(苦しい、悲しい、つらい、寂しいなどの感情)がたまる。溢れたときにイライラをぶつけてしまう。取り出してあげないといけない。
社会でストレスがなくなることはない。うんちやおしっこと同じ。出るからこそ健康でいられる。
DVもそう。悲しさや寂しさというブラックハートを誰かにぶつけてしまう。中学生は世界が狭く、受験勉強もある。ため込んでしまう環境にある。
一方で、「レッドハート」(うれしい、楽しい、幸せなどの感情)がたまると、周りの人に優しくなれる。
ブラックハートを取り出せる方法は少ない。信頼できる大人と一緒に取り出さないといけない。良い時間に、良い場所で、信頼できる大人の前ですっきりと吐き出して。ブラックハートをためている人に出会えば、「なんで困ってるの?」と聞き、一緒に考えてあげて。そうすれば、レッドハートがたまる。
■トラブル発生時 会って話し合う
夫婦げんかの原因の1位は「態度」。メラビアンの法則によると、姿勢やしぐさ、声の高さ、表情、目の動きなどの非言語的コミュニケーションに比べ、言葉で伝わる割合は100%のうち、7%だけ。だからLINEでもめる。
態度でコミュニケーションを取るのが人間。だから、トラブルになったときは、会って冷静に話し合うのが大事。
スマホは世界中でつながっている。たとえ友だち同士でも、グループLINEがきっかけでいじめに遭い、不登校になると大問題になる。中には罪に問われることもある。ネットで何かを書き込むときは、「自分の家の玄関に一生、名前入りで悪口を貼るようなもの」と思っておいてほしい。これは、デジタルタトゥーといわれる。
■自信持つ秘訣「できることやる」
自信のなさを克服するやり方を教えたい。私の友だちに赤坂マリアさんという人がいる。京都府亀岡市で市議会議員をしている。「見た目は女性、声はおっさん」と、自分で言っている。
体は男性として生まれたけれど、女性として生きたかった。スカートをはき、女性の遊び方をしていると、いじめに遭い、学校に行かなくなった。
そんなマリアさんは、今は大型トラックを運転でき、家も建てられる。調理師免許を持っていて、こども・高齢者食堂もしている。会社・老人ホームを経営していて、歌も踊りも上手。
なんでもできるマリアさんに、「どうやったら自信を持てるのか」と質問した。マリアさんは、「周りから『男?女?変やわ』と、勝手な意見を押し付けられて、しんどくなった。けれど、人の勝手な意見なんてどうでもいい。私のできることをやろう」と決めたという。
「得意なこと、好きなことは分からなくても、できることは全員にある」と、マリアさんは言う。にっこり笑って「おはよう」と言う。ごみを拾う。できることを1個でもやっていると、必ず見てくれている人がいて「ありがとう」と言ってくれる。それが自信につながる。
■本当の自立とは「適切に頼れる」
小中学校に行っていなかった女性がいる。周りの大人から「ちゃんとしなさい」と言われて、しんどい人生を送ってきた。けれど、うちに来てから、ご飯を作れるようになって、1人で働き、暮らせるようになった。
彼女は中学の時、「どうやって生きていけば良いか分からない」とずっと悩んでいた。けれど今は、「自分が息をしやすい所」が居場所だと分かるようになった。
また彼女は、本当の自立とは、「適度に自分のことが自分でできて、踏ん張るけれど、つぶれる前に適切に『助けて』と人を頼れること」と言う。これを「受援力」という。1人で生きている人なんていない。だから、自分1人で頑張ろうとは思わないで。
「受援力」をどうやって身に付けるか。ブラックハートをぶつけてくる人とは距離を置く。自分を大切にしてくれる、レッドハートを当ててくれる人の所へ行くようにする。
■環境変われば芽が出る可能性も
うちの畑で実っている大根がある。タマネギは植えたばかりでひょろひょろ。ジャガイモは寒い時に植えてしまったので、芽が出なかった。
隣で大根が実っているからといって、タマネギがうらやましがっても意味はない。ジャガイモは私が植える場所を間違えた。今いる場所でうまくいかない人でも、違う場所へ行けば芽が出る可能性もある。今いる世界だけで世界を決めないで。
他人の悪口を言い出したら暇な証拠。他人は人生の責任を取ってくれないし、ずっと一緒にいられることなんて、まずない。自分の成長のためにこつこつと時間を使うことで、自分の人生を自分で決められる。
まずは自分の心と体を大事にして。勉強はなりたい自分になるためにするもの。誰かを喜ばせるためにするものではない。『昨日の自分より学べたな』という自信につなげるため。なりたい自分になれますように。