神社や公園がある、兵庫県丹波市氷上町中央地区のシンボルで、同市役所に隣接する甲賀山(同町成松)。標高167メートルの山頂付近に、親ギツネが子の餌にと、近隣の民家から盗んだとみられる靴が少なくとも150足ほど散乱していたことが分かった。同市内では春日町黒井の山に「靴泥棒」のキツネがいることが知られている。古くからキツネが生息する甲賀山で、被害確認は初めて。判明分だけで被害は同町成松、常楽、西中に及んでいる。いずれも住宅密集地。住民は町中で盗みを働くキツネに驚き、不思議がっている。
まずは斜面に13足
靴の散乱情報を耳にし、現場を訪ねた。山頂にある市の配水池と西国八十八カ所巡りの石仏付近を探したが、1つもない。意を決し、茂みに分け入ると、あった。足の甲部分を覆う「クロッグ」形状のサンダルを中心に婦人靴、子どもの運動靴、室内履きのスリッパなどが山の斜面に点々と落ちていた。甲の部分がかみちぎられたものもあった。巣は見つけられなかった。
放置するとごみになる。盗まれて困っている人もいるかもしれないと、13足を回収して下山。「おびただしい」と言うには数が少なかった。
取材を進めると、甲賀山公園を管理する成松連合区が丹波一斉クリーン作戦で相当数回収していたことが分かった。担当の男性(65)によると、市のごみ袋2つ半分、ざっと80足はあったという。
健康維持のため、週末に同山に登っている男性によると、肌寒い時期からぽつぽつ靴を見かけるようになった。「不法投棄」を苦々しく思っていたが、先月、今月と登るたびに数が増え、不気味に感じていた。「まさかキツネの仕業だったとは」と目を丸くする。
同連合区は、柵で囲まれた配水池敷地内に残る大量の靴には手が出せず、市に連絡。市の委託業者が61足を回収した。配水池の定期点検は4カ月に1度。2月点検時に靴は見当たらなかったと、業者は証言する。
男性が片付いた現場の撮影に再び山頂に登った際、子ギツネを見かけた。業者が回収に訪れた時も山頂にキツネがいたという。いずれも日中だ。
私のサンダル「あった」
近くの中央小学校で授業参観があり、持ち主探しにつながればと、学校の許可を得て記者と業者が回収した74足を並べた。「あった」と、女性(37)が声を上げた。「NIKE」のサンダルに姓を書いていた。幸い無傷で手元に戻った。
物干しに行く際に履くサンダルを先月、今月で4足盗まれていた。「風で飛ばされたのかとあちこち探したが、なかった。まさかのキツネ。1匹の仕業なのかな。洗って使います」と声を弾ませた。
並ぶ靴を見て「うちのがたぶん3足ある。キツネが持って行ったやつだ」と核心を突いたのが女子児童。父親(46)によると、5、6月でサンダルを中心に家族の靴が10足以上盗まれ、防犯カメラを仕掛けたところ、たちまち犯行に及ぶキツネの姿を捉えた。「(春日町)黒井の件を知っていたので、キツネだろうと思っていたが、想像以上に体が大きい」と苦笑い。女子児童は「良かった。人じゃなくて」とほっとしていた。
2017年の被害頻発時に対処に頭を悩ませた春日町黒井の杉ノ下自治会の男性(67)は、「回覧板で、靴を屋外に置かず、家の中に入れるよう啓発した。それが一番」と、人側の努力で被害を軽減するしかないと助言する。
なぜ今年?「分からない」
【キツネの生態に詳しい麻布大学の塚田英晴教授の話】 科学的実験は実施できていないが、親ギツネが靴を食べ物と間違え、子に餌として与えていると考えている。靴に付着した人の足のにおいに含まれる油分が微生物によって分解され、タンパク質が腐ったにおいに近くなる。キツネは3月下旬―4月初旬に子を産む。8月下旬まで、親は餌を与えるために狩りに出る。親は靴を餌と思い込んでいるが、子は餌ではないと分かっているので食べない。それでも親はひたすら靴を運び続けるので、大量の盗難が生じ、食べないので巣穴付近で大量に見つかる。今年始まった理由は分からない。靴を餌と勘違いする個体がよそから流入したのか、ネズミなどを捕るのが苦手で人里に慣れた親が子のために新たに勘違いを始めたのかは不明だ。