夜な夜なメールで“会話” コロナ禍との闘い・地方都市の3年間④

2023.12.28
地域注目

ワクチン接種を受ける兵庫医大ささやま医療センターの片山覚院長(2021年当時)=兵庫県丹波篠山市黒岡で

丑年が始まった2021年1月14日、第3波を受け、兵庫県に2度目の緊急事態宣言が発令された。再び、社会に緊張が走ったが、収束の兆しとなる話題もあった。アメリカのファイザー社とドイツのビオンテック社が「メッセンジャーRNAワクチン」を開発し、20年末にはアメリカやヨーロッパで接種が始まっていたことだ。

日本ではおよそ2カ月後の2月17日から接種がスタートした。まずは国内100病院の医療従事者約4万人が対象だった。

4月以降、兵庫県丹波篠山市内でも医療従事者や施設入所者への優先接種が始まり、その後、優先度の高い65歳以上の高齢者向けに接種券の送付が始まった。

接種に向けた動きが本格化する一方、この頃のワクチン供給は先行きが不透明。手探りで体制整備が進む中、他市ではあらかじめ決めた日時に対象者を集め、接種を行う「集団接種」がほとんどだった。

「普段診てもらっている先生に打ってもらう方が安心感もあるし、集団接種の会場に車いす利用者や、足の不自由な人が来られるのは想像できない。高齢者が多い地域の実情に合っていない」。市医師会の芦田定医師(67)らは、地域の「かかりつけ医」のもとで接種する「個別接種」を考えた。

だが、現場には懸念もあった。今まで扱ったことのないワクチン。マイナス75度以下での保管・搬送が必要で、衝撃も与えてはならない。アメリカではアナフィラキシー反応の報告もあり、安全な接種体制をつくることが課題だった。

医師会のメーリングリストを立ち上げるなど、円滑な接種に向けて奔走した小嶋医師=兵庫県丹波篠山市北で

「扱いが難しいワクチンを個別の医院が受けてくれるか」―。悩みながらの提案だったが、ほとんどの医師会員が賛同した。「本当にありがたい」―。感謝の言葉しかなかった。

続いて個別接種に向け、安全な接種部位などの接種方法、アナフィラキシーが起きたときへの対応など、綿密な打ち合わせが必要になった。

接種への動きが進む一方で感染者はさらに急増し、丹波地域では3―5月の2カ月間で100人以上が感染。4月5日からは、「まん延防止等重点地区」、いわゆる「まん防」に兵庫県が入り、25日には3度目となる緊急事態宣言が発令された。「アルファ株」による第4波だ。

目まぐるしく状況が動く中、ワクチン接種に向けて急いで情報を共有したいのに、会員が一堂に会せない。医師会でクラスターが発生すれば、地域医療が瓦解するからだ。

「何とかしないと」と考えた同会副会長の小嶋敏誠医師(52)は、メンバー全員がメールで情報を共有するメーリングリストを立ち上げた。感染症に立ち向かう医師たちは、通常の診察を終えた後、夜な夜なパソコン画面に向かい、メールの文字を介して会員と“会話”する日々が続いた。

一方、健康課を抱える丹波篠山市保健福祉部の山下好子部長(59)は、不安にさいなまれていた。「パンデミックは、ワクチンがなければ収束しない」と分かっていながらも、国から供給されるワクチンは病院ではなく、市に届き、各病院へと差配しなければならない。

かつてはインフルエンザや日本脳炎、BCGなどのワクチンを公共施設や学校で集団接種しており、市町村がワクチンを管理していた。しかし、1994年の法改正により、集団接種から医療機関での個別接種に転換していった。

四半世紀ぶりに扱うことになったワクチンは特殊なもの。停電や冷凍庫のコンセントが抜ければ、「パー」になる。若手職員は学校などでの接種も経験がない。そして、個別接種では、わずかなワクチンをどこに、どれだけ配分するのか。

市民が待ち望んでいるワクチン。「自分たちにできるのか」―。焦りを募らせながらも、4月1日にコールセンターを立ち上げる。医師会も接種する体制を整えた。

5月21日に予約を開始。ついに一般市民を対象にしたワクチン接種が始まった。

=⑤につづく=

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