今年で最後となった「第33回丹波市三ッ塚マラソン大会」が、兵庫県丹波市市島町の三ッ塚史跡公園周辺コースで開かれ、1661人が新緑の丹波路でラストランを楽しんだ。1988年の第1回以降、今大会を含め延べ6万8096人(エントリー数)が参加。豪雨災害や新型コロナ禍による中止もあったが、親しまれ続けた大会に幕が下ろされた。大会の立ち上げ前から準備に携わり、2006年の第19回大会から実行委員長を務めた大下亨さん(69)は、「泣きたいくらい寂しい」と胸の内を語り、「地元の応援があって続けられ、市島を盛り上げてくれた大会だった」と語った。
コロナ禍で5年ぶりの開催。ゲストランナーは、2003年パリ世界陸上マラソンで3位に輝いた千葉真子さんが務めた。
5キロ、10キロ、3キロ、ジョギングの順でスタート。千葉さんは号砲を待つランナーに「ラストラン、頑張っていきましょう」などと盛り上げ、「最初の下り坂を飛ばし過ぎないようにして」などとアドバイスを送っていた。
女子5キロの部に出場した荻野さおりさん(38)は、30―39歳の部で初優勝。「小学校の時から10回くらい出ている大会。力を振り絞ろうと思って走った」と笑顔。「今回で終わるのは寂しいけれど、多くの人が出場してにぎわって良かった」と汗をぬぐった。
大下さんは大会の思い出を振り返り、「(1990年の)3回大会までは4月末開催だった。5月開催に変更するのに、田植えの時期と重なる地元住民と何度も交渉したことを覚えている」「(優勝者に渡す)月桂樹の冠を作るのに、地元住民の了解を得て木を切らせてもらった。でも、根元から切ってしまって、ものすごく叱られた」などと語り、「今となっては良い思い出」とほほ笑んだ。
93年のゲストランナーだった間寛平さんに思いを寄せ、「帰りの電車の時間直前まで、ファンのサインに応じた姿に感動した」と当時を振り返った。
全回走った樋口さん「関係者に感謝」
33回を数える丹波市三ッ塚マラソン大会で、樋口正男さん(77)は全ての大会に出場した。ラストランとなった今大会は5キロの部を走った。「走り納め。大会に携わった関係者に感謝です」とにっこり笑った。
運動不足解消のため、35歳ごろに走り始めた樋口さん。走る習慣がつくと大会出場を志すようになり、同大会に出るようになった。第1回大会は10キロの部に出場し、40歳代部門で37分21秒の好記録で2位に輝いた。
最近はもっぱら5キロの部を走っている。過去、一度もリタイヤはない。「川沿いを走るコースが良い」と話す樋口さん。「最後の上り坂がえらいけれど」と笑う。
ラストランもしっかりした足取りで走り切った。「心配だったけれど、無事に完走できて良かった。これからも2、3キロくらいのレースなら出てみようかな」と笑顔を見せた。