7月6日から試合が始まる夏の全国高校野球選手権兵庫大会。兵庫県丹波市青垣町にある氷上西高校で、「カーン」と乾いた音を響かせながら、60―70メートルのフライを小気味良く打ち上げるノッカーは、マネジャーの角田幸曖さん(3年)。先輩の引退で選手がゼロになったものの、1人で9カ月、野球部を守り、いつか守備練習の相手になれるようにとノックの練習を重ねてきた。今春、ついに待望の選手、足立仁一郎さん(1年)が入部。「ノックができる喜び」を感じつつ、ただ一人の後輩と2人で守備練習を重ねている。
部員不足のため、兵庫大会には多可高校(同県多可町)と合同チームで出場する。
中学時代はソフトボール部に所属した角田さん。投手、一塁手で3番打者とチームの主軸だった。ソフトボールを始めたことで野球に興味を持ち、高校は選手を支える側に回ろうと、野球部マネジャーに。単独校で大会に出場した1年生時の夏の兵庫大会で、同校15年ぶりの「夏1勝」を経験した。
その後は、部員が1学年上の6人のみとなり、生野高校(同県朝来市)と合同チームに。昨夏の兵庫大会で敗れた7月2日、上級生が引退し、選手がいなくなった。
藤田喜継監督(41)は一人残った角田さんに、新入生を勧誘できる3年春まで休部するか、マネジャーとして続けるかを尋ねた。続ける場合はノッカーの練習、他校のマネジャーが担っている大会運営の補助、アナウンス、電光掲示板の操作、審判への給水準備―などを教えると提案。角田さんは、「部活を続ける」と即答した。
選手がいた時と同様、週4日、監督と二人三脚で活動。およそ9カ月、1、2ケース分(120―240球)打ち続けた。ゴロは打てたが、フライは角度がつかず飛距離が出なかった。1ケース分振っても空振りばかり。5、6球ほどしかバットに当たらなかった。トスを上げる位置と高さ、バットの軌道を教わり、粘り強くボールを打ち続け、打球が外野フライの軌道を描くようになった。
今はほぼ打ち損じない。「芯に当たると高い音がする。むちゃくちゃ気持ち良い」とはにかむ。
並行して近隣高校に出向き、野球部マネジャーからアナウンス技術などを教わった。「最初は片言、棒読みがひどかった」と苦笑い。場数を踏み、徐々に慣れていった。
今春、チラシを作って1年生の勧誘に努め、足立さんが「1人でもやる」と入部。磨いたノック技術を発揮する機会が訪れた。合同チームを組む多可高校でも1度、選手にノックする機会を与えられた。
選手が9人いる多可高校が合同チームを受け入れてくれたことで、3年生の夏も公式戦に出場できることになった。初戦は7月13日、山崎高校と対戦。ベンチでスコアを付ける。「1勝できるよう声をかける。頑張ってほしい」
また、神姫バスキッピースタジアム(三田市)で行われる同大会で連日、アナウンスなどの大会補助をする。「選手がいないからこそできること」を続けてきたことで、自チーム以外にも目が向くようになり、より野球に興味が湧いた。
「3年間やりきりたくて、途中でやめたくなかった」と思いを語り、「後輩が入ってくれて、私が引退しても廃部がなくなり、ほっとしている」と本音も。「マネジャー1人では、やることがないと思っていたけれど、全然違った。こういう関わり方もあるんだ」と静かに語った。
毎年変わるチームスローガン。角田さんの代は「どんな状況でも前向きに挑戦」。自身が、スローガンを体現した。
藤田監督は「マネジャー1人で部活動を続けた角田は、全国の高校野球界でまれな存在だろう。初心者でも高校から野球を始められる、1人でも続ける氷上西高の過去からの流れがあり、続けられた面もある。大会の運営だけでなく、ベンチに入って大会の雰囲気を味わって終われるのは何より。本当によく頑張った」と、角田さんの努力をたたえている。