兵庫県丹波篠山市にある県立篠山鳳鳴高校に新設された「STEAM(スティーム)探究科」。聞き慣れない言葉に「?」が浮かんだ。そんな折、同科に焦点を絞ったオープンハイスクールがあると聞き、同校を訪ねた。丹波篠山市内外から約80人の中学3年生と保護者が参加。中学生に交じって記者も一緒に、「STEAMって何だ?」―。
STEAM教育は、▽サイエンス(科学)=S▽テクノロジー(技術)=T▽エンジニアリング(工学)=E▽アート(芸術、人文)=A▽マスマティクス(数学)=M―の5つの分野の学びを融合させながら、技術革新が進み、人工知能が発達するなど、今後のIT社会に順応した人材をはぐくむ最先端の教育方針―と書いてみたものの、すぐには理解が難しい。
オープンハイスクールでは、「STEAM探究体験」と銘打った講座をメインに▽英語▽社会▽体育・家庭▽数学▽国語▽理科▽DXexpo(デジタルトランスフォーメーションエキスポ)―の各講座が開かれた。科目名だけ見ると、DX以外は普通の授業。特徴的なのは、全ての授業の内容に「コンビニ」が関わっていることだ。
例えば英語。基本的に英会話で臨むが、その内容はコンビニが題材で、海外からの観光客や近年増加している外国人店員のために、言葉が通じなくても指さしで言いたいことが伝えられる「ユニバーサルデザイン」の図案を考える。
英語なのにイラストを描くのかと思いながら講座一覧をよく見ると、英語の欄の後ろに「A」の文字。なるほど英語の授業の中に、「A=アート(芸術)」の要素が含まれている。
理科のタイトルは、「コンビニのルーフ看板に挑め」で、一覧には「S=科学」と「T=技術」。まず説明されたのが「光の三原色」で、赤、青、緑の組み合わせでさまざまな色を作り出すことができるという科学的な学習。続いてこの3色をパソコン上の数値で組み合わせて好みの色を作り、目立つコンビニの看板を作る。この作業が技術的な要素になる。
体育・家庭では、科学を組み合わせ、「健康的、理想的な体を作るために必要な栄養素をコンビニの食べ物で摂るには」―。社会では、科学と芸術を取り入れて、「丹波篠山市内に新たに新しいコンビニを設置するならどこが良いか」―。
変わり種のDXの教室を覗くと、VR(仮想現実)ゴーグルやドローン(小型無人機)、生成AI(人工知能)といった最先端技術を使う体験の真っ最中。タイトルは「コンビニ最先端化計画」だ。
講座を巡って気がついた。コンビニという同じ題材の課題解決に多分野の知識を用い、自身のひらめきや感性を使って課題に臨む学びだということ。従来の「詰め込み型」とは一線を画している。
取り組む姿は企業のプロジェクトチームのよう。企業が事業に取り組む際には科目など関係なく、いろんな情報や技術を用い、さまざまな角度から成功を求めていく。それを高校生のうちから体験していくのが同科だと感じた。しかも、最先端機器も使えるようになるのだから、現代社会の即戦力を育てているとも言える。
「STEAM」と書くと、とても複雑で難解なものと感じることもあったが、実際にその一端に触れてみると、今後の時代を生きていくためには、「当たり前」になる学びをする場所のようだ。
オープンハイスクールで一端に触れた「STEAM探究科」。現代社会や地域の課題をさまざまな角度から分析し、最先端の機器や情報を用いて解決策を探究するものだった。では、実際、生徒たちはどんな毎日を送っているのか。進学などにはどんな影響があるのか。なぜ県内最古の伝統校が最先端の学びを取り入れたのか。新たに浮かんだ疑問を樋口一哉校長(59)とSTEAM探究科の細見祥平科長(58)に尋ねた。
―探究科の生徒たちは毎日探究を?
細見 基本的には大学進学を目指す科なので、進学に必要な科目などを履修しつつ、1年時に1単位(週に1回)、2、3年時には2単位(同2回)、「STEAM探究」という授業が入る。以前から全校的に「探究活動」をしてきたが、探究科ではさらに先端技術を使った探究を行い、最終的な発表は映像による表現、つまり映像作成まで取り組む。
―探究科は今年度からスタート。生徒たちを見ていて感じることは?
細見 まだ期間は短いが、生徒たちの個性が見えてきた。普段の授業は静かなのに、探究では「面白い観点から見るなあ」とか、「こんな発想でこの知識が使えるんだ」とか。面白い。
―探究活動は進路にどう影響する?
樋口 近年、大学も企業も知識がたくさんある人より、知識を使って課題解決ができる人材を求めている。推薦入試などでも探究をしてきたという実績はかなり強いので、進学にも有利だ。
細見 最近は共通テストの筆記試験でも知識だけを問う問題が減ってきており、情報をいかに用いて解決に導くかといった思考力を問うような問題が多くなっている。つまり、「情報処理」の力が求められているので、探究はとても役に立つ。
樋口 進学だけでなく、探究活動でいろんな分野に触れることで、将来やりたい仕事が見つかる生徒もいる。
―従来の知識詰め込み式ではなくなってきて
いる?
樋口 知識はパソコンやスマホを開けば誰でも手に入るので、それをどう活用できるかが求められているということ。
―STEAMは聞き慣れない言葉
細見 日本の教育現場で使われ始めたのは最近で、まだまだ黎明期。世界的に見ると、アメリカやオーストラリアが先進地。背景には急激に発達する科学技術を生かせる人材が求められていることと、このままでは科学技術の発展で他国に遅れをとってしまうという危機感があるようだ。
樋口 人口減が進む中、少ない人材で課題解決に向き合うには最新の情報機器などを使わざるを得ない。その意味でも探究科は時代の最前線に立つ学科だ。兵庫県は先進的にSTEAM教育を取り入れていて、今年度から明石、姫路飾西、豊岡の各高校にも探究科が設置された。
―なぜ鳳鳴は探究科を設置した?
樋口 鳳鳴の生徒数が減少する中、「このままではいけない」「何か魅力を高める起爆剤が必要」と感じたことがきっかけで、探究科の設置に手を上げた。
―探究科で学んだ生徒にどんな人になってもらいたい?
細見 協働力を付けてほしい。探究をする中でいろんな価値観を持った生徒や大人と一緒に考えたりすることで、自分一人では解決できないことでも方向性が見えることがある。大勢で一つの課題に取り組むことで協働する力やコミュニケーション力を培ってほしい。
樋口 創立148年を迎える伝統はもちろん大事だけれど、古いだけでは今の時代に取り残される。STEAMを中心に、地域の協力も得ながら地域に根差した探究を行うことで、世界に羽ばたいたりしつつも、丹波篠山のことを考える人になってほしい。