レタス毎日1400㌔生産 植物工場は「めちゃ〝農業〟」 稼働時「松ぼっくり」サイズも

2025.12.18
地域注目

モーベルファーム社の植物工場で生育が進むレタス=兵庫県丹波篠山市八上内で

兵庫県丹波篠山市八上内の植物工場で、レタスを栽培している「モーベルファーム」社。室内の管理された環境での生育速度は路地と比べて約8倍を誇り、一日1400㌔、年間約511㌧を生産する。稼働から6年がたった今、安定的な供給能力と高い品質で、全国の有名チェーン店やコンビニなどのサンドイッチやサラダに使用されるなど、「丹波篠山産」のレタスが販路を拡大。業界3位にまで成長した。「工場」と聞けば、スイッチ一つで製品が出来るイメージがあるが、森優社長(37)は、「場所が室内なだけで、めちゃめちゃ〝農業〟です」―。現場を訪ねた。

明智光秀が攻め落とした八上城跡が残る高城山の近くにたたずむ工場内には、1列10段の「栽培ベッド」がずらり並ぶ。中には青々としたレタス。大きさは見事に均一だ。ベッドの底には水がたたえられ、土はない。葉の上からはLEDライトが照らし、緑がより鮮やかに映える。

「1日ずつずらして種をまくことで、365日、決められた日に決められた量の無農薬レタスが収穫できる」(森社長)

露地栽培と比べて価格は3倍だが、天候や虫などの影響を受けることなく、安定した生産・供給能力と、試行錯誤の末にたどり着いた高い品質が売り。室温や光、栄養などを調整することで、出荷先のオーダーに合わせて、葉の大きさや厚み、色合いなどまで調整できるという。

これらの売りは全国チェーンの取引先に好まれ、カフェチェーンのスターバックスコーヒーとプロントは、全国の店舗で同社のレタスを使用。コンビニのファミリーマートは中国、四国、関西、東海、セブンイレブンは関西圏で使用。カレーハウスCoCo壱番屋も関西をカバーする。

2019年、植物工場の開発、施工を手がける森久エンジニアリング(神戸市)と、日本アジア投資(東京都)が共同出資して設立した合同会社「MJベジタブル1号」が整備。モーベル社が栽培、梱包、出荷までを行っている。19年の年商は約1億円だったが、現在は10億円にまで成長した。

森久社は、蛍光灯やLEDなどの人工光で植物を生産する植物工場を全国で施工してきた。16年、父が経営する同社に入社したのが森社長だ。宝塚東高校、同志社大学を経て、三菱電機に入社。名古屋を拠点にFA(ファクトリーオートメーション)機器(工場などを自動化する機器)の営業を担った。

宇宙産業から家電まで手がける三菱では、毎日大量の注文が入り、「日銭」(森社長)を稼いでいたが、その後、森久社に入社した際に思った。「植物工場を造っても一度施工すると終わりで、『スポット』の収益だけでは不安定。一定の規模で日々稼ぎ続けられるビジネスが必要では」―。自社で植物工場を運営することを決めた。

ただ、設備は出来ても栽培のノウハウはほぼない。稼働当初、いざレタスを作ってみると、パセリのような見た目に、松ぼっくりのようなサイズになった。出荷先に持ち込むサンプルラインでは品質の高いレタスができるのに、量産ラインでは変わらず、松ぼっくり。「なんで?」と頭を抱えた。

ここからひたすら試行錯誤の繰り返し。「どこかに成長のブレーキになっている要因があるはず」と、大学や研究機関を訪問しては知見を深めた。作っては失敗して、また作って。これが、「めちゃめちゃ農業」の理由だ。

わずか数十グラムだったレタスは今、最大で290グラムにまで育てることができるようになった。

野球や空手で鍛えた精神力が武器という森社長

今でこそ名のある企業と取引しているモーベル社だが、稼働当時は「植物工場」が少し知られるようになった頃。取引先では、「高い」「おいしくない」「食感が悪い」などのイメージが持たれていた。

そんな中、同社の森社長は、幼少期から親しんだ野球や空手で鍛えた精神力を武器に、縁もゆかりもない各社に〝飛び込み営業〟。実物を持ち込むと、その高い品質に驚かれ、「安定していて、虫もつかず、土がないから洗わなくてもいい」と好評を博し、次々と取引先が増えていった。

取引先ができ、レタスもようやく安定生産にたどり着いた頃、コロナ禍に見舞われた。飲食店が閉店し、注文が止まる。「やっと作れるようになったのに」(森社長)

危機的状況に陥ったが、いわゆる〝巣ごもり〟で好調だったスーパーの総菜に目をつけ、新たな販路を拡大。コロナ後には外食も復調した。事業開始当初、20人だった雇用は60人まで増え、現在、日々、稼働上限まで生産を続けている。

日本施設園芸協会の調査によると、植物工場は全国に約400施設あり、モーベル社のような閉鎖型で人工光を使った工場は100施設。市場規模も増加し続けている。

ただ、全ての工場がうまくいっているわけではない。森社長によると、植物工場を成り立たせるには、「計画通り作って、計画通り売る」が必須。うまくいっていないケースでは、モーベル社も壁にぶつかったように計画通りに作れていないか、売り先に困っているかのどちらかという。

同社は全国の植物工場と連携。生産に難があれば、同社のノウハウを伝え、売り先は同社のブランド名で製造する「OEM」などを活用し、供給体制を構築している。

「自動化しているのは備品を洗浄する機械や、肥料の濃度をセンサーで見ているくらいで、収穫も苗の植え替えも人の手。室温は22度程度で一定だけれど、湿度が高いので工場内を歩き回ると汗もかく。従業員からは、『思っていたのと違う』と言われる」。そう言って笑う森社長が、植物工場に懸ける思いは、ビジネスを超えた側面がある。

植物工場の外観

もともと社会の根幹に関わる仕事がしたいと思っていた。誰もが絶対に避けて通れない「食事」を考えたとき、数多くの課題が見えてきた。

「農水省の食堂に行った際、メニューに自給率が表示してあり、どれも30―40%台。こんなにも低いのかと。しかも、農家は高齢化し、農業人口は減る一方。異常気象の問題もある」と言い、「安全保障というと、政治の世界では防衛面が注目されがちだが、生活のベースは食糧。安定的に良い野菜を供給する仕事を作りたいと考えた」と語る。

黒大豆をはじめとした特産があり、「農の都」をうたう丹波篠山。もともと縁はなかったが、インターチェンジからの近さや災害リスクの低さ、農業に親しみがある土地などを考慮してたどり着いた。

「宝塚(兵庫県宝塚市)生まれの自分にとって、ここは地元ではない。でも、仕事で各地に行くと、驚くほど丹波篠山の認知度は高く、黒豆、栗、さらにはぼたん鍋と、いろんな話題が出る。そんな場所で取り組んでいることにプラスのイメージを持ってもらえていることはありがたいこと」とほほ笑む。

もちろん、同じ“農業”に取り組む者として、農家へのリスペクトも忘れない。「太陽の光でしか作れない野菜や、品質がある。路地にしかできないこと、工場ならできることを考えながら、食糧安全保障の一翼を担えたら」―。大志を胸に、レタスを作り続ける。

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