絵心のわく故郷に
洋画家 三村精志郎さん (寝屋川市在住)
(みむら・せいしろう) 1933年 (昭和8年) 氷上町常楽生まれ。 本名良一。 成松小、 成松中卒。 中央美術学園通信制卒。 中央美術協会関西支部長などを歴任、 自宅や大阪市内で絵画教室を開く。
70歳の古希を7月に迎えるのを記念した個展を13日まで氷上町立植野記念美術館で開いている。 「幼友達に声をかけてもらいました。 素晴らしい美術館で展覧会が開けてうれしい」 と喜ぶ。
画題の中心はいつも心の中にあるふるさとの風景。 なかでも、 水にひかれ、 湖などの景色を数多く手がけた。 「水は形がないから、 創造性が広がる。 不定形の魅力ですかね」 と言い、 その神秘性を追い求める。
18歳の時、 大阪の鐘紡に入社、 午前中は会社の業務をしながら、 午後からは女子社員に対して美術を教えた。 「デッサンの基本などを指導しました。 好きな絵が役立ったのかもしれません」。 絵に興味を持ち始めた小学校低学年のころに、 氷上郡内小学生の絵画展が同校で開かれ、 見事に金賞を得た。 「このときのうれしさと驚きは今でも心に残っています」
会社に勤めながら、 29歳の時に初めて個展を開いた。 戦後アメリカから新しい美術の技法が入ってきて、 これまでやってきたやり方に絵の仲間が迷う場面が見られた。 「私も同様で、 もやもやとした気持ちを抱きながら、 ふらりと訪ねた京都の町で出会ったのが白川女でした。 一瞬これだと思いました。 ひらめきのような感情がおこりました」 と話し、 40年前を振り返る。
最高齢の白川女として、 今もリヤカーで花を売って回る田中くめさんと一緒に、 一日中京都の町を歩いたこともある。 「白川女だけでも、 百点は描きました。 田中さんが訪ねていく家には、 水の入ったバケツとお金を入れる缶が置いてあることもあり、 家人が不在でも心の通い合う関係ができていると感心しました」
1988年にジャパンアートフェスティバルで最優秀作家賞を受けた白川女の作品は、 滋賀県高月町にある渡岸寺の腰をひねった十一面観音像がヒントになった。
「絵心のわくふるさとであってほしい」と願い、 「展覧会を通じて丹波の文化を広げるお手伝いができれば」 と意欲。 氷上郡出身者でつくる大阪氷上郡友会副会長として、 阪神間とのパイプ役もつとめる。
(臼井 学)