日本航空取締役 粕谷 進 (かすや すすむ) さん

2003.11.30
たんばのひと

機内サービスを磨く
日本航空取締役 粕谷 進 (かすや すすむ) さん (千葉県八千代市在住)
 
1947年 (昭和22年) 柏原町生まれ。 柏原高校卒業、 防衛大学校中退。 70年日本航空に客室乗務員として入社。 47歳で地上職へ職種変更し、 機内サービス部、 客室乗員企画部配属。 今年6月より現職。
 
 日本航空の成田地区全体の取締役。 客室本部のトップとして機内サービスに関する一切の運営を取り仕切るともに、 成田空港公団や地元自治体ともかかわる。 「客室乗務員7500人を預かる立場です。 採用、 昇格、 機内サービスの向上、 組織運営などの最終的な責任者です」。 重責のほどが推し量れる。  世界的に好評な日本航空の機内サービスをさらに磨きあげ、 高品質なものとするため、 入社以来、 絶え間ない努力を注いできた。 「今年4月から毎月1回、 お客様にお願いしてバリュースコアーという評価表を書いていただいていますが、 予想していた以上に高得点で安心しました。 ただ、 接客態度などにばらつきがありますので、 均質にすべく個別指導もしています」  日本人特有のウエットなサービスが定評の日本航空だが、 ドライな若い乗務員も増えてきているようだ。 「でも本人の資質に関係なく、 教育指導で十分変わり得ますよ」   「父親が旧制柏原中学の英語教師で、 家族全体に海外志向があったのか、 姉が日本航空のスチュワーデスをしていました。 姉を見ていて子どものころから航空会社で働きたいと憧れていましたね」。 パイロット志望だったが、 日本航空の入社試験では身体検査で不合格になり、 客室乗務員として採用された。 「一番印象に残っているのは、 現天皇皇后陛下が皇太子殿下妃殿下のとき、 北欧五カ国へのフライトをチーフパーサーとして乗務したことですね」と振り返る。  妻は柏原高校で同級の旧姓芦田廸子さん (氷上町沼)。 ふたりで墓参りのためよく帰郷する。 「学生のころ、 初冬に登った丹波の山頂からの風景が今も忘れられません。 山の中腹まで深い霧がたちこめ、 幻想的でした」。 引退後、 いつか丹波に住めたらいい、 と二人で話しているそうだ。

(上 高子)

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