「般若心経」の解説書を色々読んだが、どれも「ふーん、なるほど」と思いながら右から左に抜けてゆき、翌日にはきれいさっぱりと忘れている。▼そんな中で、玄侑宗久の近著「現代語訳般若心経」(ちくま新書)は、抜けてしまわずどこかにひっかかっている、「数回読み直せば、もう少しわかってきそう」と期待を抱かせる。玄侑氏は坊さんで芥川賞作家。この方面では近頃最も注目される書き手の一人だ。▼若者向けのごく柔らかい語り口で、「物質を構成する原子や分子は『粒子』であると同時に『波』でもある」という量子力学の常識となった理論などを引用しながら、「色」と「空」のありようを述べる。無論、たとえ理屈でわかったとしても何ら意味はないのであって、「般若波羅蜜多」の実践により、宇宙に散らばるいのちとのつながりをじかに受け止めることこそ肝心と、念を押す。▼「女は子供を産む機械」という大臣の発言にはぎょっとしたが、人が機械のようにもろいのは確か。脳の神経がほんのちょっと支障を来たして、「あれほど頭脳明晰だった人が」ととまどうことは珍しくない。「五蘊(ごうん)は皆空」である。▼量子力学の先駆者ハイゼンベルクに「東洋の伝統的哲学思想と量子理論の哲学的本質との間にある近縁性」に言及せしめた般若心経と、引き続きつき合いたい。 (E)