歩くこと

2009.05.02
丹波春秋

 ハイキングは、戦時下でもあったようだ。『日本の戦時下ジョーク集』(早坂隆著)によると、日中戦争時から流行したハイキングは、昭和18年ごろになっても盛んで、春や秋の行楽シーズンには各地の名山にハイキング客が押し寄せた。▼新聞に「敵前行楽を追い払え」と自粛を促す記事が出るぐらいの賑わいだったようだ。このハイキング人気は、暮らしにまだ余裕があったためか。ほかの娯楽が制限された反動なのか。いずれも間違いではないだろうが、それ以外の理由もあったと思う。▼ハイキングとは、歩くこと。「歩く」ことは、人としての根源だから、戦時下にあってもハイキングを楽しんだのではないか。脳こうそくで倒れ、半身不随になった免疫学者の多田富雄氏が書いている。「(私にとって)歩くことは命がけの行動です。それでも歩きたい」(『露の身ながら』)。▼自殺すらも考えた多田氏だが、リハビリに精を出し、歩行ができるようになった。初めて一歩歩いたときは、人間を回復したような喜びを感じたという。多田氏は「歩くということは、人間の人間たるゆえんの行動」という。歩かずにはおられない、というのが人の本来の姿なのだと思う。▼新緑の好季節。歩ける身体のありがたさに感謝しつつ、新緑の空気を吸い込みながら散策を楽しみたい。(Y)

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