「昔の人は、言うべきことがあれば言い、余計なことは口にせず、少ない言葉に義を尽くした」。こう言ったのは、江戸時代中頃の学者、新井白石。もし白石が現代によみがえったら、腰を抜かすに違いない。白石の時代とは比べ物にならないほど、冗舌の世界だから。▼「電話は用件だけを話すもの」と教えられたのは、遠い昔。電話は今やおしゃべりの道具だ。メールも同様。たわいもない会話がメールで交わされる。▼テレビもうるさい。お笑いタレントが機関銃のごとくしゃべる。比較的、落ち着いたニュース番組でも、悲しいニュースを痛々しく伝えたかと思うと、底抜けに明るいCMに画面が変わる。さまざまな言葉が画面から流れ落ちる。インターネットも言葉の洪水だ。▼冗舌の世界では、言葉が浪費される。浪費は、言葉の価値の低下を招く。価値が落ちると、言葉に対する信用度が低下する。言霊という言葉を死語に追いやった時代に私たちは生きている。▼衆院選で圧勝した民主党。選挙で示されたマニフェストについて「実現できるのか」と半信半疑の人は少なくない。財源の確保が最大の理由だが、マニフェストは「しょせん言葉に過ぎない」という思いも働いているのではないか。それは、言葉に対する信用が失われた冗舌の時代の投影でもある。 (Y)