石田梅岩

2009.10.26
丹波春秋

 徳川第8代将軍、吉宗の時代に活躍した学者に石田梅岩がいる。今の亀岡市の生まれで、「石門心学」の創始者として知られる。その教えは各地に広まり、兵庫丹波にも及んだ。篠山市日置に今も残る「中立(ちゅうりゅう)舎」は石門心学の道場であり、丹波の各地で石門心学が教授された。▼梅岩の功績のひとつは、商人道といえるものを確立したことにあり、近世商業資本主義に対して理論を提供したものと国内外の研究家から評価されている。日本の近代化が成功したのは、早く江戸時代から、梅岩に代表される現実的で合理的な世界観が民衆に普及し、経済倫理が確立されたことが大きいと、指摘したアメリカの大学教授もいるほどだ。▼「売利ヲ得ルハ商人ノ道ナリ」という梅岩の有名な言葉は、今日からすれば当たり前だが、当時にあっては画期的だった。農業を重んじて商業を抑えるという重農抑商の考えが支配的な時代だったからだ。▼たとえば、梅岩と同時期の儒者、荻生徂徠は「商人ハ不定ナル渡世ヲスル者」と、商人蔑視ともとれる見解を示し、「商人がつぶれても構うことはない」と言い切っている。寒々とするほどの切り捨てだ。▼昨今、閉店し「貸物件」との看板がかかった店舗が目立つ。この寒々とする風景を、梅岩ならばどう見るだろうか。  (Y)

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