かつて東京拘置所で医務部技官として勤めた精神科医でもある作家の加賀乙彦氏。出会った犯罪者は何百人にものぼり、殺人をおかした重罪犯だけでも200人近くになるという。そんな加賀氏が著書『悪魔のささやき』で、現代という時代の闇の深さに警鐘を鳴らしている。▼加賀氏によると、人間というのは罪深い存在であり、「誰もが心の奥底に悪しきものを棲まわせている」。その悪がとんでもない方向へ暴走するのが犯罪であり、そのきっかけの一つは、時代の風潮との共鳴だという。▼すさんでいらついた気分の蔓延、未来に対する不安感。そうした時代の空気と、心の奥底に潜む悪が共鳴し、ある瞬間にどっと流れ出す。そのことを自覚せずにいると、内なる悪魔に突き動かされかねない。現代のような混沌とした時代はその危険性が高まっているという。▼心胆を寒からしめる事件が相次いでいる。犯行に及んだ人間は、私たちと別の次元に住む者ではない。私たちと同じ時代の空気を吸っていることを自覚しておきたい。▼混沌とした時代を映し出すかのように、「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いが話題になったことがあった。こんな問いが公然と議論される現代に私たちは生きている。ちなみに、あなたはこの問いにどう対応するだろうか。 (Y)