今年もあと1カ月。毎年感慨深くなるこの季節。60代後半となった筆者の寿命も、人生平均を1年と見なせば、間もなく11月だ。「生き方より死に方を考えるべし」という恩師の言葉を思い起こす。▼ところが、昨夏66歳で亡くなった物理学者、戸塚洋二氏の、死の直前まで発信し続けたブログのことを紹介した「がんと闘った科学者の記録」(立花隆編、文藝春秋刊)を読んで、はっとした。▼「健康な人は、将来の時間スケールをほとんど気にかけない。しかし私の時間スケールは2、3カ月。今の体調をとにかく2、3カ月維持したい。幸いその時間が過ぎると次の2、3カ月を目標にする」。▼「ニュートリノ」という物質で画期的な発見をし、ノーベル賞候補と言われた戸塚氏は、このブログに11カ月間に渡って、専門の素粒子論と宇宙論との不思議な関わりを初め、人生・宗教論、以前住んだ奥飛騨の自然・植物など実に多彩な情報を遺した。最も驚かされるのは、末期がんの自分の症状や、抗がん剤の副作用の苦しみを科学者らしい客観的な眼で淡々と書いていることだ。▼しかもその間、後継を支援するための仕事をずっと続けていた。やはり「死に方を」などと早まるのは甘い、凡人は凡人なりに、一日一日、一刻一刻を大事にしなければ、と思わされてくる。(E)