「ステップワン」と題した文集をいただいた。丹波市内の女性でつくるグループが毎年1回、出している文集だ。メンバーは40歳代から80歳代の約20人。思い出や日常の様子などをつづった随筆が収録されている。▼今回で13号目。書き続け、出し続けられた頑張りに敬意を表したい。文集の編集後記に「書くことはなんとエネルギーのいることでしょう」とあるように、書くという行為は苦痛を伴うものだ。頭の中を整理し、言葉をつむぎ出す。その作業がなかなかつらい。でも、その分、おもしろみもある。▼「書く」はもともと「掻く」だったという。「柱の傷はおととしの5月5日の背くらべ」という歌があるが、柱につけられた傷跡は自分の記録である。引っ掻くことで自分の今を刻印するように、書くことは、自分という存在を形にすることである。▼「書く」は、「話す」と大きく異なる。話した言葉は、話した時点で消えていくが、柱の傷がいつまでも残っているように、書いた言葉は残る。書くことを通して、自分を記録することができる。▼文集の編集後記に「(文集に寄せた)文章を将来の自分がどう感じるのだろうと思うと、楽しみでもあります」とある。柱の傷を通して子ども時代の自分に出会えるように、書くことにも自分と再会する楽しみがある。 (Y)