20歳の自覚

2010.01.09
丹波春秋

 作家、宮本輝氏に「蜥蜴(とかげ)」という随筆がある。母と暮らしたアパートから引っ越すとき、木の棚を取り外そうとして息を呑んだ。棚と壁との間に1匹のトカゲがはさまれ、太い釘で貫かれていたのだ。トカゲは生きていた。どうやら3年前に棚を取り付けたとき、トカゲに気づかず、釘を打ったらしい。▼宮本氏は思い切って釘を抜いた。すると、トカゲは体を弓なりにそらせ、畳に転がった。宮本氏は、トカゲを新聞紙に乗せ、表に出した。トカゲは左右にはいながら、草むらの中に去っていった。▼釘を打たれ、死ぬほどの苦しみを味わったであろうトカゲから、宮本氏はこんな感慨を覚えた。「人生には、きっと一度はそうした荒療治を加えねばならぬ節が、誰人にも待ちかまえているような気がする」。波風のない一生などは期待できず、誰にも試練の時が必ずある。▼この「蜥蜴」を収めている随筆集のタイトルは「二十歳の火影(ほかげ)」。明日の「成人の日」にちなんで、同書所収の随筆を紹介した。▼20歳になるまでに、すでに荒療治を受けた若者もいるかもしれないが、多くはこれからであろう。長い人生には、トカゲが受けたような苦しみを味わう時が一度はあると、覚悟しておいた方がいい。大人を自覚するとは、そんな覚悟を決めることでもある。     (Y)

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