南アフリカとサッカー

2010.07.01
丹波春秋

 ワールドカップで沸き立つ南アフリカには、ついこの間まで白人政権による徹底した人種差別・隔離政策「アパルトヘイト」が敷かれていた。黒人たちは国際世論をバックに根強い抵抗を続け、ようやく90年代半ばに選挙権を獲得、民主体制を勝ち取った。▼マンデラ元大統領ら活動家の大半は長い間、ケープタウン沖ロベン島の刑務所に送り込まれて動物以下に扱われ、過酷な労働を強いられたが、そんな環境下、シャツを丸めたボールでサッカーを始め、刑務官との粘り強い交渉の末、やがて公式ルールにのっとったサッカーリーグの発足にこぎつける。▼番号でしか呼ばれなかった彼らにとってサッカーは単に慰めのゲームでなく、仲間同士名前を持つ1人の人間として認め合うための手段だった。その中でコミュニティが形成され、指導力が培われて、現在の政・財・学界で重鎮となる人物が輩出する。▼所内に残っていた、粗末な紙に手書きした膨大な量の書類をもとに、地元の大学のコール教授がノンフィクションをまとめ、「サッカーが勝ち取った自由―アパルトヘイトと闘った刑務所の男たち」という邦訳書(実川元子訳、白水社)が刊行された。▼同国チームが1次リーグで敗退したのは残念ながら、それにしても同書から、サッカーの力、凄味が身に迫ってくる。(E)

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