詩人の吉野弘氏は、紅葉(黄葉)真っ盛りの樹木に問いかけた。「この鮮やかな色彩を、樹木ご自身には見えているのでしょうか」。すると、紅葉した樹木は「ご懸念には及ばず」と即答した。▼樹木には、人間には察知できない視覚が備わっており、自身の装いを見ることができるのだという。樹木は加えて、「信じていただけるならお信じ下さい」と言った―。以上は、吉野氏の詩「紅葉清談」に書かれた話である。▼この詩に見られるように樹木には不思議な能力がある。20年ほど前、柏原の木の根橋を治療した樹医、山野忠彦氏もそんな考えを持っていた。「(木には)目も鼻も口も耳も、頭脳も内臓もないけれど、言葉や声の役割を果たすテレパシーのようなものがある」(『木の声がきこえる』)。▼鮮やかに色づいた紅葉は私たちの目をひきつける。その美しさに感嘆しつつ、物寂しさを感じるのも一致するところであろう。誰に教えられたわけでもないのに、私たちは、紅葉に深い情趣を感じ取る。▼それは、山野氏の言うように、樹木には交信能力が備わっているためかもしれない。私たちの心の奥深いところで、私たちは樹木と交信し、感応しあっているから、樹木の姿に情趣を覚えるのではないか。それは「信じていただけるならお信じ下さい」という話であるが。(Y)