「未来へのまなざし」

2013.02.20
丹波春秋

 東北大震災の被災地で感動したことのひとつは、倒壊した家の瓦礫の隙間から頭をもたげていたアヤメ。何事もなかったかのようにつんと開いた紫の花が「私、咲いたよ」と、話しかけてきた。▼大石芳野さんの写真集「福島 土と生きる」(藤原書店)にも、主を失いがらんとした牛舎の前庭に凛と咲く花々が写る。三春の滝桜も、福島市民の憩いの場、花見山の桜も繚乱と咲き乱れている。▼春秋子が25年前に住んだ同市の郊外、吾妻山麓は春先から初夏にかけ桃、桜、リンゴ、梨と、次々に色を変えていくのが実に美しかった。大石さんも「福島の人たちはなんと花が好きなのだろう。庭先はむろん、畦道にも広場にも、どこへ行っても花がある。春はまさに桜源郷」と書いている。▼そのような福島が、原発事故による汚染に脅かされている。つながれたまま残骸となった牛たちの写真は何を訴えているのだろう。そんな中で「殺処分には反対。牛飼いの意地だ。牛にも誇りがある」と、頼まれた分も預かって牧場を続ける人が少なからずいる。その父を見て高校生になった息子が後継を宣言した。「だから俺も放射能と戦う気になった」。▼この父子も含め、老夫婦も幼児も少女も、不安をのぞかせながらも、皆大変良い顔をしている。「未来へのまなざし」。人間もアヤメに負けまい。(E)

 

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