今年度の文化功労者に選ばれた春日町出身の柳田敏雄氏は、もともと大学で半導体を勉強していた。民間企業にも就職した。しかし1年後、退社。大学に戻り、生物物理学の分野に入った。▼生物物理学は当時、新しい学問分野で就職の口もなく、見向きもされていなかった。以前、世話になった電気工学の教授にあいさつに行くと、「みずから人生の落ちこぼれになるのか」と、1時間ほど説教されたという。▼冷ややかな視線の中で始まった研究で、柳田氏は世界的な業績を上げた。筋肉の収縮を担うたんぱく質分子の動きを観測することに成功したのだ。たんぱく質分子は、機械の歯車のように動いているというのが定説だったが、実際は、ふらふらと揺らいでいた。▼脳が「コップをつかめ」と指令を出しても、個々の分子にまでは指令しない。分子は、自分で試行錯誤しながら動く。前に行ったり、後ろに下がったり、ふらふらしながら自分の進む道を見出していた。▼半導体から生物物理学へ。柳田氏も、ふらふらと揺らいだ。柳田氏が導き出した知見は、人生にも通用する。人の体自体が、揺らぐ仕組みになっているのだから、生き方も揺らいでいい。揺らぎながら自分の進むべき道を見出す。ゆらゆらすることで幅を広げる。そんな生き方もあっていいのだろう。(Y)