楽しみ鍋

2013.11.30
丹波春秋

 私自身は一度も耳にしたことがないが、「寄せ鍋」のことを上方では「楽しみ鍋」とも言うと、北大路魯山人が書いている。鯛の頭があったり、かまぼこがあったり、鴨があったりと、いろいろな材料が大皿に盛られ、何を食べようかと思いめぐらせるのが楽しいから、楽しみ鍋と言うそうだ。▼気のおけぬ者同士で鍋をつつく。湯気の上がる熱々の食材をほおばる。体だけでなく心も温まる。楽しみ鍋の名の通り、自然に和気あいあいとなる鍋料理は楽しく、冬の食卓を彩ってくれる。▼そんな鍋料理を通して子どもたちは「鍋料理感覚」を養ったと、河合隼雄氏は書いている。鍋は、それぞれが好きなものを食べていいのだが、一つの鍋を囲んでいる他の者にも気遣わないといけない。自分だけが得をすることのないよう全体の調和を心がけることが求められる。そんな感覚が知らず知らずに養える鍋は、家庭教育のひとつの場になっていたという。▼ただ、どれほど食べても尽きぬほどの肉や魚があるとすれば、周りに気遣う必要はない。自分勝手が許される。当然、鍋料理感覚は養われない。▼ひもじかった時代の鍋は、楽しみを独占せず、みんなで楽しみを分け合ったから、楽しみ鍋にもなったろう。その点、具材も栄養も豊かになった現代の鍋料理は、いかがだろうか。

 

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