丹波杜氏の造った酒を丹波焼の器に満たして乾杯し、デカンショ節で宴席を盛り上げることを推奨する「丹波篠山ふるさとに乾杯条例」が、1月1日から施行される。日本酒での乾杯をすすめる条例は今、全国の自治体に広がっているが、地酒だけにとどめていない点がユニークだ。▼250年ほど前の宝暦年間にさかのぼるとされる丹波杜氏、日本六古窯の一つに数えられる丹波焼、全国に知られた民謡のデカンショ節。いずれも丹波篠山の誇る文化、風土であり、過去からの贈り物である。▼石川啄木は、猿と人とを対話させ、猿にこう語らせている。「ああ人間はあわれむべきかな。汝らはすでに過去を忘れたり。過去を忘れたるものには、将来に対する信仰あることなし」。過去の記憶を捨て去らずにいてこそ、人間の明日が開かれる。これは地域も同様だろう。▼地域にも過去の記憶がある。しかし、町並みが全国一律の風景と化すなど、地域の風土が薄れている昨今、地域固有の記憶が失せている。三浦展(あつし)氏の言う「風土の記憶喪失」が進行している。これでは地域の明日は開かれない。▼篠山の乾杯条例は、風土の記憶を呼び起こす。それは地域への誇りを生み、地域の活力を生み出す機縁ともなろう。条例がスタートする元日、拙宅でも地酒で乾杯するか。(Y)