ヤンキースに行く田中について元楽天監督の野村克也氏は、「安定感のある投手の5条件はすべて備えている。残る課題は“遊び”」と言う(「私が見た最高の選手、最低の選手」)。▼遊びとは、相手打者をカウント0―2に追い込んだ時、1球外すという意味ではない。「それが格下の打者であれば、複数の球種を投げ分けて凡打で打ち取る。その感覚をつかめ」。それで投球数を無駄に増やさないようにするというのだ。▼24連勝した昨シーズン、彼はこれを大分心得るようになってきたが、日本よりはるかに過酷な大リーグでこそ、この極意が一層大切になるという。▼球史に残る「剛球投手」と言えば誰しも挙げる金田、江夏、稲尾のうち、野村によれば前2者は確かにその通りだが、“神様、稲尾様”はそうではなく、むしろ「技巧派」だったとか。球速は145キロほどだった(当時は球速計がなかった)が、魔球のようなスライダー、シュートに加え、直球のコントロールが「針の穴を通すほど」だった。▼機械が投げる160キロの球でガンガン練習する打者に対して、投手が対抗できるのは、まさにこの技巧。田中には、一番人使いの荒らそうなヤンキースを選んだことに一抹の不安を感じていたが、育ての親の指摘を聴いて、そこでこそ、“神の子”がやりとげる姿を見たくなった。(E)