ふるさと

2014.03.29
丹波春秋

 明治38年、旧制柏原中学校に新設された音楽科の初代教諭として熊本県生まれの犬童球渓(いんどう・きゅうけい)が赴任した。待ち受けていたのは生徒たちの反発だった。▼授業中に机を打ち鳴らす、床を蹴る、ヤジを飛ばす。さらには全校ストライキにまで及んだ。打ちのめされた犬童は、赴任した年の12月に辞職願を提出。柏原を去り、次の任地の新潟で名曲『旅愁』と『故郷の廃家』を作詞した。▼「更け行く秋の夜」で始まる『旅愁』には、後にしたふるさとを思う哀切な心情がつづられ、『故郷の廃家』では、住む人が絶えたふるさとの我が家、昔遊んだ友がいなくなったふるさとの寂しさを歌った。▼手元の国語辞典で「ふるさと」をひくと、古語として「昔、何かがあった土地。古びて荒れた村里」とある。ふるさとという言葉は、ぬくもりを感じさせる一方で、犬童の詞のイメージさながらに憂愁が漂う。▼3月27日付の本紙で仙台市在住の歌手、さとう宗幸さんが東日本大震災について語った対談が載った。その中に印象的な言葉があった。「誰も自分のふるさとを捨てたい、なんて思いませんよね。本音で言えば、放射線が高かろうが、『帰るんだ』という思いでいらっしゃると思います」。このコメントに出てくる「ふるさと」にも憂愁が流れ、せつなくなる。(Y)

 

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