村人を困らせていた田んぼのヒルを、身命を捧げて退治したと伝えられる村の恩人をしのぶ祭りが先ごろ、柏原町上小倉で行われた。恩人とは、木食(もくじき)上人。言い伝えによると、「お経がやんだら自分は亡き者と思え」と言い残して、ほら穴に入り、一心にお経を唱えた。お経がやむと、不思議なことに村の田んぼからヒルの姿が消えたという。▼広辞苑によると、木食とは「米穀を断ち、木の実を食べて修行すること。そのような僧を木食上人と呼ぶ」とあり、上小倉地区には上人の名を刻んだ石碑をまつった祠が建っている。▼事実の真実性においては信じがたい話だが、村の物語としては興味深い。現代においては、こんな村の物語は生まれえないと思うと、さらに興味深い。▼村の小さな世界が、村人にとってただ一つの世界であったろう時代。暮らしと自然が溶け合っていた時代。そこには、非合理で非科学的なるものも尊ぶ精神があったのだろう。今ならば無知という言葉で退けることも、あがめる信仰があったのだろう。日々の中で物語を編み出していた村里の文化の深さを思う。▼上小倉地区では毎年、上人をしのぶ祭りを行っている。もはや物語を生むことはない現代の村だが、村の先祖たちの精神や信仰を伝えるのは、今を生きる村人の使命だろう。(Y)