中国のチベットでは「元」(1元=約16円)のコインが使えない。中心都市ラサのポタラ宮や寺に詣でる巡礼者らに重いコインは不都合なので、「角」(10角=1元)に至るまで紙幣しか通用しなくなったという。たくさん並ぶ金ぴかの仏像の前に、いずこもおびただしい数のお札の賽銭(ほとんどは角)の山が出来ていた。▼チベットの人たちは皆温厚だが、信仰心は熱烈だ。両手両足を地に付け「五体投地」で礼拝しながら少しずつ前進する。ラサの聖地に向かって何百キロ、時には千キロ以上の道を、リヤカーに食料や夜着を積んでやって来る人も。▼大昭寺という最大の寺に着いた時の喜びは想像を絶することだろう。志を貫徹できず途中で亡くなった人は、仲間が歯を抜き取って携行し、寺の柱の隙間に埋め込む。▼日本の仏教の源流でもあるチベットに明治期、初めて入った日本人は黄檗宗の僧、河口慧海(えかい)。厳重な鎖国の壁をくぐり抜けるためネパールから中国人と偽って4年がかりでラサに到達。チベット人学僧に身をやつして仏典を集め、6年ぶりに日本に持ち帰った。その模様は「チベット旅行記」に残る。▼インドに亡命しなければならなかったダライ・ラマ14世を今なお敬服し続けるチベットの多くの人たちには、ポタラ宮最上階にへんぽんと翻る「五星紅旗」を見るのは辛かろう。(E)