早くに父親を亡くした知人の男性から聞いた話だ。父親がこの世に生きた歳月を超えたとき、その知人は、離れて住む母親へ報告に行ったそうだ。「お父さんの年齢を超えたよ」と―。この話、実感としてわかる。▼私の父は55歳で亡くなった。以来、55歳は、自分の人生にとって一つの区切りとなった。55歳まで生きられれば「まずはめでたし」であり、それ以上に生きられるとすれば、余禄として受け止めようと思った。そして今、余禄の域に入った。▼仏教詩人の坂村真民も、似た考えを持っていたことを、最近になって知った。真民が8歳のとき、村の小学校の校長だった父親は40の厄を越えきれずに亡くなった。「わたしが四十歳になり、父の死のよわいを越えた時、これからは余生である(と思った)」と、著書にある。▼ただ凡夫の私と決定的に違うのは、余生を生きる心構えである。凡夫は余禄を与えられたことに感謝するのが関の山。対して真民は、余生であるのだから「世のため、人のためになる、何かをしなければならぬ」と考え、詩作にいっそう精進したという。▼真民は、父の唯一の形見となった徳利で酒を飲んだという。父の一生を思いながら、父の悲しみ、この世を生きる辛さを酒と共にかみしめた。ひとしおの味わいだったに違いない。きょうは「父の日」。(Y)