「餅をついた臼には物語がある」と、哲学者の内山節(たかし)氏は言う。東京のほかに群馬県の山村にも居を構える内山氏。その山村の家には、家の前の所有者から譲り受けた巨大な臼があるそうだ。▼前の所有者一家が餅をついていた風景を内山氏は知らないが、その臼を見ていると、臼とともにあった人々の暮らしが想像できるという。餅をつきながら正月を待ちわびた家人。臼の周りには、はしゃぎ声をあげる子どもがいたかもしれない。そんな物語を、臼は語りかけてくる。▼受け継がれてきた物には、物語がある。もちろん臼だけではない。22日付の「自由の声」欄に載った古本もそうだろう。投稿者は、古本屋で買った本に、前の持ち主の名前や感想などが書いてあると、その持ち主と知り合いになったような気がした、と書いていた。▼同感だ。私もたまに古本屋で購入するが、読んだ痕跡が見当たらないきれいな本は商品としてはいいが、古本ならではの味わいを感じない。前の持ち主の物語が宿っていないからだ。▼投稿者によると、某大手古本買取店に本を売りに行くと、書き込みをした本は買い取りを断られたという。書き込みは物語ではなく、単なる汚れに過ぎないのか。それとも書き込みに物語を感じるゆとりがないのか。いずれにせよ味気ない話だ。(Y)