推理小説好きの友人から「これ面白いぞ」と、再三押し付けられるのだが、いつも大したことはない。「これだったら、俺の方がもっと面白く書けるぜ」と言ったら、「ならお前、書いてみろ!」とカンカンに怒られた。―これが内田康夫氏が国民的探偵浅見光彦を産み出すきっかけだった。▼浅見シリーズ115冊目の「遺譜」(角川書店)はドイツ、オーストリアと共に篠山市や丹波市が舞台となる。フルトヴェングラーが書いたという楽譜を巡って、元特務機関将校で現在は篠山に住む老宮司の周囲で事件が展開。▼「戦後、日本は経済大国にのし上がったが、金儲けにばかり励んでいるうちに道徳心や謙虚さを失ってしまった。思想の力を欠いた国はどうなってゆくのか」と憂える老宮司。▼ナチスドイツの謀略活動や日独を取り巻く当時の国際環境が描かれる中で、老宮司は「藤原機関」の藤原岩市・元中佐のことを心服する先輩として語る。本筋とは離れた部分ながら、マレー半島の民族解放工作に奔走し、インド独立につながる国民軍の創設に功績を上げたこの人について、母校柏原高の同窓生の間でもさほど知られていないのに、よく調べたものだ。▼「遺譜」は「浅見光彦最後の事件」と副題がついているが、また復活の可能性もなくはないとか。TVドラマ化と共に大いに期待する。(E)