「威勢のいいベースアップの春闘報道が、同じ大手でも非正規社員にはどんな遠い世界の風景に見えていることだろう。中小零細企業の従業員たち、そして経営者たちには?」と、浜矩子(のりこ)・同志社大教授が書いている(毎日21日号)。我が家でも朝の食卓でテレビを見ながら、まさに同じことを話題にしていた。▼もう一つ思い出したのは、石原慎太郎監督の古い映画「二十歳の恋」(1962年)。フランソワ・トリュフォー、アンジェイ・ワイダなど名だたる世界の監督と同テーマで競作したオムニバス映画で、石原のは東京・小松川高校の女生徒殺しを題材にした作品。▼荒川だったかの水面を大学生のボートクルーが颯爽と滑って行くのを、後に犯行に及ぶ主人公の町工場の工員が昼休み、川べりからまばゆ気に眺めているシーンがすごく印象的で、兄貴分の工員役、小池朝雄の顔は今も脳裏に焼き付いている。政治家石原の言動はともかく、若き日の石原にはそのような想像力が備わっていたのか。▼大企業や都市部での景気回復が中小企業や地方に波及していく効果のことを「トリクルダウン」というが、今の日本ではどうやら幻想らしいことを、関係者の多くが実感している。▼そうしたおこぼれに期待することなく、地方は地方で自らの再生策の戦略を練ってゆくほかあるまい。(E)