植野記念美術館で作品の展覧会が始まった日本画家、小川芋銭(うせん)は、丹波竹田の俳人、西山泊雲に数多くの手紙を送っている。その中にこんな意味の文面がある。泊雲宅に9カ月間も滞在した翌年の昭和2年に出したものだ。▼「大阪の混雑から逃れ、周囲を緑に囲まれた丹波に入った時の喜びを追想しています」「一宮神社での盆踊りを思い出します。清さんは今年も盛んに踊っておられるのでしょうか。やがて曼珠沙華が、竹田の河原に炎のごとく咲き誇るのでしょう」「石像寺での観月を思い出し、感慨にひたっています」。丹波での暮らしを懐かしむ思いを、何通もの手紙につづっている。▼芋銭には、桃源郷を描いた作品がある。桃源郷は、田園詩人の陶淵明が描いた理想郷のこと。肥えた田、美しい池、鶏や犬などの鳴き声が聞こえ、人々はのどかに暮らしている。この世とは隔絶された別天地を桃源郷という。▼芋銭は、日本が近代化していく中で切り捨てられた素朴な人間の暮らしや、その暮らしに流れていた宇宙観をすくいあげ、描いたと言われる。泊雲への手紙と照らすとき、芋銭は、丹波に素朴な暮らしを見、桃源郷を見いだしたのかもしれない。▼芋銭は丹波に逗留中、霧も描いた。霧におおわれた里の光景も芋銭にとって桃源郷だったのだろう。(Y)