原節子が95歳で逝った。初めて観た彼女の映画は小津安二郎監督の「麦秋」。小学2、3年の頃、柏原劇場へ両親についていった。風に揺れる麦畑のラスト以外に、何故か次のシーンが記憶に残る。▼秋田に転勤する子持ちの医師と結婚する決意を紀子(原)から打ち明けられ、家族が集まり心配そうに彼女を詰問した後、老父母が先に2階へ退出する。上り口で父(菅井一郎)が何か言いたげに妻(東山千栄子)を待っているのに、妻はさっさと先に上がっていく。客席からくすくすと笑う声が漏れた。▼この老父は笠智衆とばかり思っていたが記憶違いで、笠は原の兄で一家を取り仕切る役。子供の興味をひくような物語ではなかったはずだが、家族の温もりのようなものは伝わってきたと思う。▼一家そろうのが最後の団らんの夜、「よう食べたなあ」と言われた笠の次男が尻をもぞもぞさせ、「うんこー」と立ち上がる場面もどっと受けた。4、5歳だったこの子がもう70歳だ。▼筆者が成人後も何度も見た原は輝きが強すぎて、色香は理知の陰に隠れているように感じられた。あるいは歳を重ねてからそれがにじみ出て来ていたかも知れない。40歳過ぎから最後まで全く人前に姿を見せなかったのはまことに見事だが、それにしても老年の彼女を1度は拝顔したかった。(E)