我が家の敷地にフキノトウが出ていた。庭に植わった椿もつぼみがふくらみ始め、梅はかわいらしいつぼみをつけていた。寒い日が続くが、春がそこに来ていることを知る。▼『徒然草』に、「折節の移り変るこそ、ものごとにあはれなり」とある。季節が移り変っていくありさまは、しみじみとした興趣を感じるという意味。日本は四季が明確な国といわれ、古来、日本人は季節の移ろいに思いを寄せてきた。なかでも冬から春への移ろいは格別で、おのずと心が浮き立つ。▼しかし、一足飛びに春にならない。「隅々に残る寒さや梅の花」。梅の花が咲き、暖かくなったと思うものの、寒さがあちこちに残っている。そんな様子を蕪村はこう詠んだ。じれったいほどに春はゆっくりやって来る。▼そう感じるのは、春を待ち遠しく思うからだ。「冴え返る」という。そろそろ暖かくなってきたと思ったら、また寒くなったと嘆く思いを「冴え返る」と表した。市島出身の西山泊雲に「冴え返り冴え返りつつ春なかば」という名句がある。春を恋う思いがしみじみと伝わる。▼放浪しながら句作に励んだ漂泊の俳人、山頭火は、冬から春への移ろいの中で「この道しかない春の雪ふる」と詠んだ。辛くても孤高に生きることを決意する俳人の姿に「春の雪」は似つかわしい。(Y)