小説「吾輩のそれから」(芳川泰久著)は漱石の「吾輩は猫である」の“続編”。客が飲み残したビールを舐め酔っぱらって水甕の中で死んでしまった「吾輩」の魂が、主人の家の上空から周囲を眺める場面から始まる。▼そして不慮の事故の前後のことを調べるうち、単なる事故死でなかったことがわかってくる。本編の吾輩が主人の感化か、こましゃくれひねくれていたのに対し、続編では割に本来の猫らしく可愛く感じられる。▼鏡子夫人が語る「漱石の思い出」(松岡譲編)によると、この猫はある夜、夏目家にふらりと来て、猫嫌いの夫人がいくらつまみ出してもすぐ戻って来てお櫃の上に上がったりするうちに、漱石の「おいてやれ」の一声で飼われることになった。▼出入りのあんまの婆さんが「全身足の爪まで黒いのは珍しい福猫。きっとお家が繁盛しますよ」と言うので、多少は待遇をよくしてやっていたところ、吾輩をモデルにした漱石のデビュー作が大ヒットし、夏目家は急に潤うようになった。▼しかし新しい家に引っ越した頃から元気がなくなり、物置の隅でひっそり死んでいた。夫人にしょっちゅう暴力をふるっていた癇癪持ちの漱石はこの猫には優しく、庭の桜の樹の下に埋葬して「この下に稲妻起こる宵あらん」と墓標を建てたという。こちらは実話。(E)